閉店まではまだ随分時間がある頃。
入り口近くの大テーブルに、12個の冷タンと3つの灰皿だけが残されている。相変わらず邪魔にされた中央の花瓶は出窓に移されているが、雑誌などは書架に戻されている。
テーブルの下の床にいくつかの小さな粒が光を放っている。ゴブレットのような薄いガラス器が床で割れた残骸だろう。子供が手をついて這いずらなければ平気な程度であるので、営業中に出来るだけの掃除だけを行った様子である。
「ありがとうございました。またどうぞ。」
「ん?ああ、連中帰ったのか?」
「もう、疲れるわー。声がちっちゃくて何言ってるんだかわかんないのよ。怒鳴りつけてやろうかと思ったわよ。」
「しっかりわびもいれてかなかったのか?しょうがねえ連中だな、全く。」
「大学生にもなって礼儀ぐらいわきまえてないのかしら。ごつい男の子がゴブレット2つ割ったぐらいでびびっちゃって、固まってるのよ。座席から離れて掃除しやすくしてくれればいいのに。」
「片付けの手際、よくなったな。手は怪我しなかったか?」
「割れたグラスで手なんか切りませんって。心配してくれたんですか?」
「まあな。このあとの営業と閉店作業に差し支えるからな。」
「ひどいっ・・・。なんてね。知ってますよ、カウンターから心配顔で私の手元見てたでしょ。可憐な私に惚れ直した?」
「そんな事いうと、もう少しほめてやろうと思っていたこと忘れそうだ。」
「えっ、何なに?私ほめられるようなこと出来てた?」
「お前はほめると鼻高々に得意がるからな。」
「いいから教えてくださいよ。」
「あのな、今の団体12人だったろ、オーダーが14品。」
「ええ、もっかい言いましょうか?」
「そのことだよ。おまえ、オーダーシート持って行ってないだろ?その上お客さんに確認しないで配膳してたよな?」
「当たり前じゃないですか、最近は聞き返すのも恥ずかしいと思ってるんですから。」
「だからその姿勢がすばらしいって言ってるんだよ。ファミレスなんかじゃ端末使ってその場で入力してるにもかかわらず、オーダーミスしても平気でいるだろ?それに比べたら仕事に対する姿勢は天と地だ。」
「努力してんですよ私だって。そんなに評価していただいているんなら時給上げていただけません?」
「商品の説明もろくすっぽ出来ないのになに言ってやがる。ちゃんと説明できるようになったら考えてやる。」
「けち!!」
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