閉店時間が近付き、看板に向けられたライトが消されている。店内のお客もまばらで、常連の学生風の連中が固まって話し込んでる以外は、既にカップも下げられたテーブルに2〜3人が座っているだけでこのまま閉店まで立ち上がる気配はなさそうある。
レジカウンターの後ろに設置されたガラス器具。つい先ほどまではガラス管の中を液体が通り移動していたが、今はガラス管の一部がはずされ、残された部分にも液体が動いている様子はない。
カウンターの中では密閉するポットが用意され、出来上がった液体が容器から移し変えられていく。
「看板の明かり消したんで出前にいってこれますよ。」
「ああ、じゃあすぐ準備する。」
「あのぉ、この事務所への出前のときいつも思うんですが、このポットの中身なんですか?冷めた珈琲みたいなんですけど・・・。」
「そうさ、常温の珈琲だ。お客の注文でな、熱いのは冷めた時まずくて飲めなくなるし、アイスは置いとくと水っぽくなるからいい方法はないかって頼まれたんだ。」
「必要に応じて、注文してくれれば良いのに・・・。」
「この時間から朝までの勤務だそうだ。夜中は持って行き様がないだろ?」
「そうか、だからポットなんだ。でもポットなら熱いままで保温してくれますよね?」
「それがだめなんだ。ついでから冷めるだろ。珈琲が冷めたときの変な味は、脂肪が酸化して起こるんだ。温めると活性化して起こり始める。もともと常温であれば進み具合はそれほど速くない。」
「もともと常温?熱湯で淹れてるでしょ?」
「いいや、この出前だけは毎日注文していただくことを条件に、別途淹れてるんだ。」
「でも、淹れてる姿見てませんよ。いつやってるんですか?」
「きちんと決まった時間で出来るから、朝1番で仕掛けて出前の15分前に落ちきるように調整してある。『水出し珈琲』とか『ダッチ式珈琲』っていわれるやつだ。レジの後ろに置いたんだが、ひょっとしてあれをただのディスプレーだと思っていたろ?」
「お水の力で動く時計?にしては針がないし、変だなって思ってました、なるほど。でもどうしたんです?わざわざ買ってきたんですか?」
「師匠に相談したら『あるから持ってけ』って言われてもらってきたんだ。」
「えっ、師匠って?そんな方がいたんですか?」
「俺にだって尊敬する年長者はいるさ。珈琲に関しては頭が上がらない。」
「お店どこ?行ってみたい。」
「残念ながらお店をやってる訳じゃないんだ。珈琲はあくまで趣味。本業は知らない。若い頃世話になって以来師匠って呼んでる。師匠の影響でこの店始めたようなもんだ。」
「ふ〜ん。で、私にも飲ませていただけますよね、この珈琲。」
「なんだ、飲みたいのか?いつも多めに作っているからいいぞ。出前から戻ってきたら休憩にしよう。ホットでいいか?」
「アイスでお願いします。じゃあいってきます。」
「車に気をつけてな。」
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