2007年06月14日

◇貸切の宵

日曜の夕方、普段ならお客の出入りが頻繁な時間帯だが、出入りする客はない。
時折店の前まで訪れ、店内の様子を窺う者たちは店頭に貼られた一枚の紙を覗き込むと、皆残念そうに商店街の方へ足を返す。
その紙には「本日貸切」と大きな文字で書かれてあった。

店内ではこの店のメニューにはない料理が並び、アルコールの壜が並んでいる。
お客は皆着飾っており、中には礼服のままの者も見かけられる。
カウンターの中でフルーツの山と格闘しているマスターの前に、大きなガラスの器が置かれている。まるで賜杯のように大きな、装飾が一面に施されたゴブレットだった。

2ヶ月ほど前の予約から準備が始まった。
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「マスター、お願いがあるんですが。」
「なんだ?聞く前に言っとく。貸す金ならないぞ。」
「やだな〜マスター。そんな、ずいぶん昔の話を持ち出して。」
「違うのか?」
「ちゃんと就職して、ずいぶん前に借りてたお金は返したでしょう?忘れたなんていわないよね。」
「冗談に決まってるだろうが。頼みってのはこの店で結婚式の2次会を開きたいってんだろ?それなら幹事だって名乗った奴に聞いたぜ。友人だけで思い出の多いこの店でって注文したんだってな。俺とこの店のことをあまり知らないらしいんで、ビビリながら頼みに来たよ。」
「僕もあいつもこの店には世話になってたんだってこと、幹事にはよく話しといたのにな。店の雰囲気を味わえば解ると思ったのに。」
「偏屈な親父に見えたんだろ。わざとそうしている面もあるからな。」
「他に奴はなんかいってませんでしたか?」
「いや、式の日取りと2次会の開始時間と人数ぐらいだぞ。」
「じゃあ、やっぱり自分で頼めってことかな。」
「なんだ?まだあるのか?」
「あの〜、式に出て、披露宴で祝辞をお願いしたいんです。」
「なんだと?俺にそんな畏まった席にでて、祝辞まで言えって?馬鹿も休み休み言え!似合わないことをさせるんじゃない。」
「マスターに怒鳴られるのは判ってましたよ。でも、僕ら二人はマスターが、この店のマスターがいなければ共に同じ道を歩むことにはならなかったんです。あいつと付き合う前は相談に乗ってもらい、付き合いだしてからは記念日なんかの演出をアドバイスしてもらい、喧嘩したときは謝るきっかけも作ってもらった。」
「ああ、色々あったな、お前たち二人にも。結婚の報告を聞いたときは嬉しかったよ。だがな、それとこれとは・・・。」
「あいつも望んでるんです。あいつのことも結構面倒見ていただいたんですってね。そんな僕たちの門出を見送って欲しいんです。マスターにはなむけの言葉をいただきたいんです。マスターがああいう席が嫌いなのはわかってるんです。そこを曲げてお願いします。」
「ううう。判った、判ったからもう何もいうな。こっちが恥ずかしくなってくる。だがな、2次会の準備はどうする?」
「そっちはウエイトレスのお姉さんにお願いして幹事たちとでやりますよ。もともと、場所をお借りするだけで、アルコールも食料も持ち込む予定でしたから。珈琲用にお湯を沸かしておけばいいですよね。」
「周りはみんな説得済みか、しゃあねえな。俺の礼服は用意してくれよ、持ってないんだ。」
「ありがとうございます、マスター。当日は手ぶらで来て頂けばいいですよ。式場にお願いしときます。」
「あ〜あ、めんどくせぇな。ま、引き受けたからにはちゃんと務めさせてもらうよ。いい式になるといいな。」
「ええ、そうしてみせます。それと2次会のメニューに一つ加えてもらいたいものがあるんです。」
「例のパフェだろ?それぐらいは判っているさ。何年お前らを見てきたと思ってるんだ。精一杯のテクニックで飾りつけたのを作ってやるつもりだったんだ。」
「やっぱりマスターは最高だ。これからも二人まとめてよろしくお願いします。」
「この礼は高いものにつくかもな〜、なんてな。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ????| Comment(20) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする