2007年11月02日

◇思い出は繰り返す 〜風の唄〜

やや強めの雨が窓の外にカーテンを引いたような夜。
客足も途絶え、閉店時間が近い。
傘も差さず濡れそぼった女性が商店街から店の前までたどり着いた。
化粧も流れてしまった顔には雨の雫ではない水滴が混じっている。

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「ただいま〜。マスタ〜・・・」
「いらっしゃい・・・おい、どうした。そんなところに突っ立ってないでそこに座れ。傘は差して来なかったのか、びしょ濡れじゃないか。今タオル出してやるから。」
「あの人のライブ行ってきたの・・・」
「お前、やっぱり行ってたのか・・・。なんでそんな辛い想いまでして行くんだ?」
「だって、好きなことには変わりがないんだもん。ライブの噂聞いちゃうと結局チケット買っちゃうの。」
「もう2年だろ?あいつが出てってから。ほら、ホットミルクだ、これであったまれ。」
「ありがとう、マスター。見て!このマッチだけは濡らさなかったんだよ。」
「お前なあ、そんなもん未だに持ってるから忘れられんのだろうが。」
「でも、もう彼と繋がってるのはこれだけなんだよ。この先のお店もなくなっちゃったし・・・。今年はギターも変わってた。」
「ああ、あのSUZUKIのアコースティックか?あの頃から乾いた音を出してたっけな。もう随分使ってきたようなギターだったな。」
「ギターを教えてもらった先輩の遺品なんだってずっと大事にしてたのに。」
「歌う曲が変わってきて、あのギターじゃ合わなくなってきたんだろ?処分したわけじゃないよ。何本も持っている奴はゴマンと居るよ。以前の唄を歌う場合は持ち出すんじゃないか?」
「今回も、あの頃の唄は一曲もなかったの。去年のライブからはそれまでずっとアンコールで歌ってたあの歌も別のに変わっちゃったんだ。もうあの頃なんか振り返りたくないって思ってるのかな。」
「昔の自分の姿が惨めだと思っているやつはそうだな。でもな、そんな頃があったから今の自分があるんだって思えるようになるには時間はかかるだろうな。」
「わたし、彼の今の歌嫌い・・・。けばけばしいだけで彼の声が届いてこないの。ギターだって、ほとんど自分では弾いてないのよ。ただ、小鳥のように歌ってるだけ。」
「歌うことに集中させてもらえるようになったんだろ。メジャーデビューも近いのかな。いいか?もう忘れちまえ、昔のことなんか。新しい彼氏ができればすぐ忘れられるだろうにな。」
「忘れられないの・・・、こんな雨の降る夜は特に・・・。一人で傘を差してるのがつらいの。」
「雨に濡れて来たのはそのせいか・・・。本当に新しい彼氏でも見つからんとおまえ自身がやばいな。」
「でもね、今日は『このままあんな歌を歌い続けてるなら忘れられるかも』って気がちょっとだけしたの。違いすぎるもん。詩も曲も昔の雰囲気はなくなっちゃったから。」
「それがいいな。人はそれぞれ変わっていく。同じ方向に変わっていけなければ別の道を進むしかないからな。もうあいつとの道は交わることはないんだろうから、お前も新しい道を見つけろ。」
「ずっとそうは思ってきたんだけど・・・。私も変わってきたのかな。」
「多分な。普段に聞く音楽を変えるだけでも気分は変わるぞ。うまくコントロールしてみるんだな。カウンセラーじゃないんでこんなことぐらいしか言ってやれないが・・・。」
「ううん、ホットミルクとマスターの声で今夜は落ち着けた・・・。ありがとうマスター。お店が開いてる時間で本当に良かった。また来るね。お代は・・・?」
「いいって。こんなの気にするな。それよりこのあとは必ず傘を差して帰るんだぞ。」
「はい。あっ、シート濡らしちゃってごめんなさい。それじゃあ、おやすみなさい。」
「ああ、元気出せよ。」

まだ続きます


posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 🌁| Comment(10) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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