2008年02月09日

◇デビュー戦

冬晴れの寒いお昼過ぎ。
店内には客もまばらになった時間帯。マスターは休憩なのか姿が見えない。
カウンター内ではエプロンに共布でできたスカーフで髪をまとめたウエイトレスが、ケトルのお湯の様子を見たり、濾紙の補充などの準備をしている。
そろそろ受験シーズンなのか、随分早い時間に常連の高校生が寒そうに背中を丸めてやってくる。

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「毎度〜、あれっ?お姐さんが何でそこに?」
「いらっしゃい。寒かったでしょう。早く奥までおいでなさいよ。」
「マスターは?お出かけ?ひょっとしてお姐さんが珈琲淹れるの??あっ・・・えっ?そうだ、僕、用事を思い出しちゃったな〜。ごめん、また来ます・・・うっ、お姐さん、マフラーの端を掴んでいる手を離してください・・・首絞まってます・・・。わかりました、観念します。」
「わかればよろしい。で、何にするの?」
「アイスミル・・・いたいっ!注文の邪魔をしないでください。頬をつねったら注文できないでしょう。僕の今日の気分はアイスミ・・・ふがっ、口に拳骨入れようとしないで。うっかり本当に入ったらどうしてくれるんですか?」
「飲んで見なきゃわからないでしょう?みんなして裏で打ち合わせでもしたように『アイスミルク』はないんじゃない?マスターのお墨付きだって出てるのよ。だ〜れも信用してくれないんだから。」
「そうだったんですか、僕としたことがネタをかぶらせるなんて。既に冗談が冗談でなくなってしまっていたんですね。本当に申し訳ありません。お詫びにあのフルーツパフェを注文していいですか?」
「いじわる・・・。私にあんな刃物の使い方ができるわけないじゃない。泣くぞ・・・。」
「わかりました、お姐さんごめんなさい。ちゃんといつもの『グアテマラ』を淹れて下さい。でも美味しくなかったらどうします?」
「ありえないから大丈夫。もうちょっとマスターが許可したって事を重く見たほうがいいわよ。」
「はいはい、わかりました。どこからそんな自信が出てくるんだ、まったく・・・。」
「飲んで驚かないでよ。・・・?・・・!?・・・!あれっ?し、失敗した・・・。」
「何ですか・・・あれほどない胸を張っておきながら。なにやらかしたんですか?」
「『ない胸』は余計よ!ちゃんとしたいつもの珈琲を頼んでくれたら、必ず2杯取りして自分も飲んで確認してたのに、忘れて1杯取りしちゃったのよ。悪い?」
「なあんだ、カップに手を掛けただけで爆発するような珈琲ができちゃったのかと期待しちゃいましたよ。」
「それを今言わなきゃ可愛げもあるのに・・・。飲んだ後失敗だって大騒ぎするならわかるけど。」
「ちゃんといただきますよ。・・・え?・・・あれっ?・・・マスターほどじゃないけど美味しいですよ、これ。」
「だからいったでしょ、マスターのお墨付きだって。ここまでなるのにどれだけマスターに怒鳴られたことか。」
「お姐さん、信じないですみません。でも、僕がこの店に始めて来た頃はモカとブルーマウンテンの違いもわからなかったじゃないですか。それがこんなに美味しく淹れられるようになるなんて、ちょっとびっくりしてしまいました。やっぱりマスターは後進の指導もお上手なんですね。」
「そっちかいっ!・・・私の努力は認めてくれないのね。いいわよもう、今後一切のサービスは無いと思ってね。」
「あ、あ、あ、じ、冗談ですって。頑張ってたのは知ってますよ〜。お姐さんがチャーミングなのも認めてますから。冷たいあしらいは止めて・・・。この店が唯一のほっとできる場所なんだから〜、お願い!」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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