2008年04月25日

◇新緑を打つ雨に導かれた日

先ほどからポツリポツリと降り始めた雨だったが、突然その量を増した。
路面には徐々に水が溜まりだし、通る車が撥ねを上げ始める。
商店街のアーケードから店までは20mほど。傘がなければずぶ濡れになりそうだ。

人通りが途絶えた中、絶叫をあげながらウエイトレスが傘も差さずに走りこんできた。
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「あ〜もう、降って来ちゃった。連絡をもらった時、商店街のアーケードの下にいてよかったわ。でもどうして?休みの日に呼び出さなくてもいいのに・・・。マスタ〜、タオル貸してくださいよ〜。」
「いらっしゃいませ、お嬢様。こちらのタオルをお使いください。使い終わられましたらお声掛けください、お席までご案内させていただきます。」
「うわ〜っ?なんだこれ?背筋がむづ痒くなる〜。ねえ、マスタ〜、いないの〜?」
「なんだ、騒がしい客だなあと思っていたらお前か。」
「なんだはこっちの台詞よ!呼び出されたから来たって言うのに、いったいどうなっているの?マスターと私の愛の巣はどこに行ってしまったの?」
「お前こそ訳のわからんことを言い出すんじゃない。店の中は特に変わりはないぞ。」
「そ、そいつよ・・・そのおじさん、誰?」
「新人だが何か?今日から来てもらったんだが何か問題があるのか?若いイケメンでなくって悪かったがな。」
「ええ〜っ!問題大有りですよ。純粋な珈琲専門店が執事喫茶になってますよ。お嬢様なんて言われたら恥ずかしくって。ほかのお客さんもびっくりしてたでしょうに・・・。」
「客対応はまだこれからだ。意外にうけるんじゃないか?ここらにはそんな店出店してないからな。しかも本格的にサービスとしての執事業務を学んでいる方だ。付け焼刃じゃないぞ。」
「本物・・・?あなた、そんなキャリアの方がどうしてこんな店で働くことになるのよ。マスターもマスターよ!おかしいでしょ?どこで騙して連れて来たのよ!」
「わたくしがさるお屋敷をリタイヤして、どうしようか迷っているところでこちらの求人を知り、応募させていただいたんです。騙されて連れて来られた訳ではございませんよ、お嬢様。」
「ああ、もう鬱陶しいわね。そのお嬢様はやめて頂戴。」
「では、どうお呼びすればよろしいでしょう?・・・困りましたね。ではマスターさんと同意のご主人様ではいかがでしょう?」
「わたしがあなたを雇っているわけじゃないのよ。もうマスター、何とか言って頂戴。この人と一緒に仕事するなんてぜ〜ったい無理!」
「ああ、どうもそのようだな。せっかく最終選考まで頑張って残ってきたのに・・・。」
「ではマスター、わたくしはもう戻ってもよろしいですかな?」
「ああ、すみません無理言って来て頂いたのにお構いもせず。オーナーによろしくお伝えください。」
「マスターもお人が悪いですね。こんな可愛いお嬢さんを驚かそうなんて。お坊ちゃまに知られたらまた無理難題を押し付けられますよ。」
「そこはできれば内分にお願いします。今日は新人の実地テストの検分に来ていただいたんですから、その報告だけってことで。」
「心得ております。あの子の様子だけをお伝えするようにいたしますから。」
「ありがとうございました。後は私のほうで進めます。」
「では、ごきげんよう。」
「あ、さようなら・・・ってことは、また私をかついだんですか?」
「まぁそういうことになるかな。」
「わざわざ休みの日に雨の中を呼び出してすることですか?ん・・・実地テスト?本物の新人も居るってこと?」
「ああ、今は休憩に入ってる。お前と顔合わせしておこうかと思ったんだ。これまで言わなかったのは、どんなところで働いてたのか言葉遣いがなってなかった。そこで無理言ってしばらくオーナーのところで修行させてたんだ。ものになるかどうかはわからなかったんで、ぬか喜びさせてもと思って黙っていたんだよ。だが、さすが一流の執事さんは違う。サービス業に就く人間としての基礎までみっちり仕込んでくれたようだ。」
「あの人、マジでオーナーのこと坊ちゃんって呼んでたよ?オーナーって家に執事が居るような資産家だったんだ。」
「いや、あいつは『僕がじゃない。僕の生まれた家がそうなだけなんだ、僕とは関係ない』といつも言ってるよ。この店だってあいつが自分の力で稼いだ金から始めたんだ。」
「親には頼っていないって言いたいのね。でも、出発点の違いって大きいわよ。」
「生活の基本レベルの違いって事か?あいつはそれを払拭するためにずっと努力してきた。これからの基盤を固めるためだけに今もあの家にいるのさ。メリットは充分にあるし、自分が我慢すればいいだけのことだからな。学生時代から会社を設立して少しずつ自分の居場所を家以外に作ってきた。俺がそんな頃のあいつも知っているから、俺にだけは無理ばっかり言いやがる、涼しい顔をしてな。」
「昔はマスターが悪さにつき合わせていたんでしょ?でも本当にマスターの周りの昔からのお友達ってみんな立派になっているわね。どうしてこの人だけこんななのかしら?」
「どうせこんなだよ。それぞれに好きなことや自分の夢に向かって目一杯やってきた結果さ。俺はこんながいいんだ。俺だってこの状態を手に入れるのにどれだけかかったか。」
「そうか、みんなマスターの姿を反面教師としている・・・い、痛いですぅ、暴力反対!」
「口の減らない奴だ。ここのところ蒸すから口当たりのいいアイスコーヒーの新アレンジを試飲させてやろうと思っていたんだが・・・。」
「の、飲みます、試させてください。名前はなんて言うんですか?」
「『カフェアイランダー』。炭酸のスパークリング感がさわやかだぞ。」
「えっ?炭酸入りは『アイスコーヒーコンチネンタル』がありませんでしたっけ?」
「ビターズとバニラエッセンスの代わりにコーヒーリキュールを少し多めに使うんだ。珈琲香が立ってなかなかだぞ。」
「じゃあ、飲みながら新人君の帰りを待ちましょうか。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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