2008年06月04日

◇ロマンス

6月に入り雨が続くようになった。今年は台風も早くから訪れている。
雨が降ると客足が落ちるこの店は、新人の坊やを早上がりさせてしまった。

しかし、若い常連たちは天気に関係ないらしい。いつものようにポツリポツリとやってきて、奥の席でわいわいと週末の予定を話し合っている。
奥の席は観葉植物の鉢をパーテーション代わりに置いてあるので、入り口からは死角になっている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「ああ・・・、やっと席について下さったのね。昨日は随分離れた席になってしまっていたので寂しかった。時折聞こえたあなたの声が余計に切なくさせたわ。」
「でも、今日はすぐお隣。あなたの仕草がよく見える。お友達との会話に微笑むあなた。明日の予定をなかなか思い出せないで困るあなた。お友達の彼女が気づかない間にみんなの分の追加注文をするあなた。」
「煙草を取り出す指先の動き、カップを支える手、ウエイトレスを呼ぶ手。優雅な動きがあなただと教えてくれる。」
「一人で難しい本を読みながら眉を寄せる、雑誌を眺めて声を出さないように笑う、携帯電話の画面を睨みつけるように見やる。いつ見ても違った表情を見せるあなた。どんなことをしていても楽しそう。」
「可愛らしい女の子を連れていたって私は平気。そばにいてあなたを見つめているだけでいいの。あなたと一緒にいられるだけで幸せなの。」
「でも、それも今日でおしまい。明日からはもう会うことはできない。この店で合うことはなくなるわ。私は旅立つことになっているの。」
「だから今日だけは。今日に限ってはあなたの近くにずっといたい。」
「あの人にそのことを告げないのかって?いいんです。これは私だけの思い。あの人には伝わなくっていいの。知ってもらってもどうにもならないから。」
「えっ?もう行ってしまうの。いつもならこれから1時間くらいお友達とここで過ごすのに。お願い今日だけ、今日だけはここにいて欲しい。ああ・・・待って・・・。」


「あっ、ちょっと待ってくれ。"アイビー"が絡んじまった。こんなことが起こるのはまだ動くなってお告げかな。おい、もう少しゆっくりしよう。彼女の方もまだ時間はいいんだろ。俺がおごるからもう1杯づつ珈琲を飲もう。まだ宵の口だよ。」
「そうか、悪いな。あ、お姐さん、ブレンドを3つ追加してもらえますか?それから、この"アイビー"伸びすぎじゃない?こいつに引っかかったんだ。」
「あら、ごめんなさい。ちょうど明日が入れ替えの日なの。明日には綺麗に整った別の観葉植物が入るから今日はちょっと我慢してもらえるかしら。マスターに言ってこの分のお代、割引にしておくから。」
「あ、ラッキー!!"アイビー"様さまだな。また、手入れされて戻ってこいよ、な。」

続きを読む


posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 🌁| Comment(7) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。