2008年07月01日

◇釣合わない二者択一

昼間の日照が期待できないためか、夜になると急激に気温が下がる。
蒸し暑い日中のままの服装では肌寒く感じてしまう。夏本番にはまだ遠い。

閉店近い店の奥まった席に先ほど到着した常連の男性が連れの女性と向かい合っている。
女性のほうは始めて訪れているらしくあれこれと店内を見回している。
二人の前にはコーヒーカップが二つ。女性のほうが先にカップを手に取る。

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「今、なんて言ったの?ごめん、他事考えていて目だけ君に向いていた。」
「ううん、いいわよ。ここのコーヒー美味しいのねって言っただけよ。こんな近所にこんないいお店が有るなんて知らなかったの。」
「あれっ?コーヒー大丈夫なんだっけ?確か以前にロイヤルミルクティーしか飲まないって聞いた覚えがあるけど。」
「ああ、あいつの前ではね。そう言っておけばお手軽に100円のコーヒーなんかを買ってこられる心配がないでしょう?アルコール以外の飲み物にはまるで無頓着なんだから。」
「確かにそうだね。ところで相談って何?ひょっとしてあいつのこと?」
「うん・・・、やっぱり以前には戻れないの。あの時も君に色々と迷惑をかけたんだけど、また話を聞いてもらえるかなって。」
「二人の共通の友人で、君を昔から知ってるのは僕ぐらいなのかな?女の子達の中にはまだ他にもいるよね。」
「女同士だと結局あいつのことまでは理解してもらえなくて、私への同情で終わっちゃうの。男側の論理も女の感情論もあわせて考えてくれる君だからどうしても頼っちゃうのね。負担じゃない?」
「ああ、平気さ。ほかならぬ君たちの事だもの、ずうっと心配してたんだ。頼りにされるだけでも嬉しいよ。」
「自分じゃこんなに心が狭いとは思ってなかった。あいつが後悔して、謝って来れば許してあげられると思ってた。でも、あいつと廊下ですれ違う時に急に固まってしまったり、手が触れそうになると勢いよく引っ込めてしまったりと体が過敏に反応するの。一緒に生活するなんてもうできそうにない。」
「そのうち元に戻れるさなんて悠長なことは言ってられない状況ってことだね。多分あいつも、そんな君の反応を直に感じて心が押しつぶされそうになっているだろうね。いまは自分がしたことへの後悔で一杯いっぱいだろうな。」
「別れた方がいいのかなって思っちゃう。子供がいない今なら自分たちの気持ちの整理だけで済むんだもん。」
「一番簡単な方法は最後までとっておいたほうがいいよ。忘れろってのは他人が簡単に言えることじゃないよね。また忘れないから次の一歩を良い方向に踏み出せる。理性では許してもいいと思っているならなおさらだ。問題は君の感情面なんだろ?しばらく実家に帰って気持ちの整理をしてみるのはどうなんだい?」
「仕事はどうするの?田舎からじゃ通えないわよ。」
「共働ってのは面倒なもんだな。男なら身一つで独身の友人の家に居候ってこともできるんだが、女性はそんなわけにもいかんからな。」
「あいつに話してみてくれない?私から直接出て行けなんて言ったら余計にこじれてしまいそうで・・・。私も一人でじっくり考えた方がいいみたいに思うの。」
「そうだね、別々に相手が本当に不要なのかをじっくり考えて見るほうがいい。あいつには僕から連絡してみるよ。あいつも参っていることだと思うし、冷却期間を持つことは可能だと思うよ。」
「ごめんね、いつも嫌な役ばっかりをお願いしてしまって。それじゃあお願い。それといいお店に連れて来てくれてありがとう。」
「ああ、ゆっくり考えるんだよ。結論を出すには早すぎると思うから。」
「それじゃあ・・・ね。」

「結局こんな役回りなんだな。彼女は知らないだろうけれど、知り合った頃にあいつと盛大な争奪戦を裏でやっていたんだ。」
「だからあいつが僕のところに来るのだけは勘弁だな。積もった鬱憤が爆発しちまいそうだ。」
「君に『別れて僕のところへ来い』と言えたらどれだけスッキリするかって思うよ。」
「でも君は最初からあいつとの関係修復を選んでいるんだ。別れるなんてとんでもない。僕の提案まで見越して相談に来ているんだよね。」
「自分の人の良さにあきれるなぁ。振っ切っちゃえばもっとドライに割り切れるんだろうけど・・・。」
「何をぶつぶつ独り言を言っているんだ?ほら、これでも飲んでスッキリしろ。」
「ああ、マスター。なんですこれは?」
「イタリアンロースト。ちょっとあまったもんでな。それよりさっきの美人、一人で帰して良かったのか?」
「友人の奥さんですよ。相談に乗ってただけですから。」
「ふ〜ん。お前のほうはまんざらでも無さそうな顔していたんで、口説いているのかと思っていたよ。」
「え〜っ?そうでしたかぁ。それじゃあ彼女にも気づかれてるよな。余計なこと言い出さなくて良かった。」
「ふ〜ん。そんなわけありの関係なんだな。可哀想に、早く別な彼女見つけたほうがいいぞ。深入りするとろくな目に合わんからな。」
「ええ、もうこの珈琲と一緒で苦味が身に沁みてます。」

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2008年07月06日

◆応用編 7.アレンジコーヒー HOT篇

毎度お越し頂きありがとうございます。応用編第7回をお届けします。
番外編に戻ったと思ったらまた応用編です、すみません。
今回はホットのアレンジコーヒーの基本を説明しながら、器具を紹介していきます。

基礎・応用編でやり残していることに気づいてしまうと「ああ、書いとかなきゃ・・・」と書き始めてしまうので収拾がつきません。お付き合いいただいている皆様には本当に申し訳なく思っております。
申し訳ないので「まとめ」では紹介した器具の写真を載せておきました。あわせてご覧ください。

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「おはようございます。あれ?今日は器具が色々ありますね。何を始めるんですか?」
「おう、今日は早いな。今までストレートの淹れ方を中心に説明してきたが、他にも必要なことがあるのを思い出したんでな。」
「このあいだアイスコーヒーもやりましたよね?それなら、次はこの器具の多さからするとアレンジコーヒーかしら?」
「さすがだな、だてに3年近くも店にいるんじゃないな。」
「研修会では取り上げる気はないのかと思ってました。特に定まったものでもないですし、あちこち調べればレシピや分量は見つかりますもんね。」
「そうだな、俺だって新商品を出す前は、あれこれ文献を当たったりネットで調べたりするんだ。」
「じゃあどうして…?」
「いくつか、基本的な手順ぐらいは紹介しておいた方が、見てくれている人たちが試してみる気になるんじゃないかと思って、講義をすることにしたんだ。」
「あら、お客様思いだこと。でも、『基本的な手順』って私もちゃんと聞いておきたいですよね。」
「お前にはしっかり叩き込んでるはずだがな。よく思い出してみろ。」
「私が知っていることでいいんですか?えっと・・・温かいアレンジコーヒーのベースは一部を除いてフレンチローストを使うんでしたよね。1杯取りの場合は甘味料やミルクはカップに入れてその上から抽出します。2杯以上の場合でも同様に抽出したコーヒー液をカップに分ける時に個々のカップに入れて溶かし込みます。」
「大丈夫だ、間違ってない。トッピングする香料・リキュール・乳製品はどうする?」
「提供の直前に入れます。香りが飛んでしまったり、乳製品が熱で変質してしまうことを避けるためです。」
「満点の解答だな。問題ない。じゃあ、これで今日は終了だ。」
「待ってください、これだけじゃ手抜きって言われますよ。せめて器具の紹介だけでもしておいた方がいいんじゃないですか?」
「ああ、そんなもんかな?だが、ホットのアレンジコーヒーでは使う器具がそれほどないぞ。」
「いいんですよ。確かに使う場合は専用の器具ばっかりですが、一般の方が使用できるものだけでもきちんと使い方を説明すれば皆さんのためになるんじゃないですか?」
「喫茶店の器具ってあまり一般では使わんと思うぞ。好きな人が必要なものを解ったうえで購入して使うもんだと思うんだが・・・。」
「購入する目安にもなるんじゃないですか?」
「そういう面もあるか・・・。じゃあテーマを区切って紹介するか。今回は量ることにこだわって器具を紹介してみよう。」
「使うのって大体カクテルバーのカウンターツールと同じですよね。」
「ああ、カクテルのレシピは配合が細かく決められているので、量る器具が細かく揃っているから流用しやすいんだ。しかもステンレス製で洗いやすく傷つきにくい。家でカクテルなんかを作ったりする奴なら、もっている可能性は充分にある。」
「代表的なものがシェーカーですね。」
「ホットアレンジでは使わない代表格だな。しかもこいつで計量はしない。」
「ブスッ・・・。」
「代表的な計量器具といえば計量スプン。大匙〜小匙まで簡単に計量できる。これは一般に固形物の顆粒や粉末を量るのに使用する。いわゆる砂糖類などだな。」
「これと次で出てくる計量カップぐらいは家庭にもありますね。」
「そうだな。次は計量カップ。これは液体でも固形物でもオールマイティーに量の多いものを量る際に使用する。が、単位が大きくなるので仕込み時にしか使わないな。」
「私はカフェオレのミルクを量る時に使います。でも仕込みの時ってどんな風に使うんですか?」
「コーヒーゼリーに加える砂糖を量ったり、ガムシロを作る際にも使うぞ。」
「どっちも私はまだ教えてもらっていない仕事ですね。今度しっかり教えていただくことにします。」
「いい心がけだ。次はバースプン。これは液体というより粘体、蜂蜜やらチョコシロを量る。まあそれだけじゃないが・・・。」
「マスターは基本的に全てこれで済まそうとしますよね。計量から掻き混ぜ、味見まで・・・。」
「量れる量さえ解っていればいいんだよ。ただしそれだけじゃない。生クリームなどを静かに表面に浮かべる際にも必ず使う。」
「私はまだうまくできませんよ〜だ。あとはミルクピッチャーで量ったりしますね。主にアルコール関連のときだったと思います。」
「そうだな、アルコール類を入れすぎると珈琲じゃなくなっちまうからきっちり量る。最後はこれ、名前はわかるか?」
「鼓型で両方が少量の計量カップになっているこれですよね・・・正式にはなんていうんですか?」
「スタンダードメジャーカップという。これにはサイズがあってはかれる量もそれぞれ違う。ちなみにこいつはMサイズ。45ccと30ccが計量できる。」
「ソーダ水の原液や、オレンジジュースの時に使用していますね。でもこれはホットドリンクでは使いませんよね。」
「確かにそうだ。加熱したものを量って加えようとしても熱くて持っていられない。俺も勢いあまっちまったようだな。まあいいか、次回のアイス篇では『冷やす』ことを中心に器具の紹介をすればいいな。」
「自分のミスは適当に流しますね。こんなにいろいろ計量器具を使い分けるのは何故ですか?」
「基本は1回で量るためだ。2度3度と回数が増えれば誤差が生じる。これは豆を計量した時にも教えたはずだ。味がぶれるということもあるが、もうひとつお店として重要な要素がある。」
「えっ?味以外でですか?」
「粗利率っていう数字がついて回るんだ。提供価格を決める際に1杯の原価を元にする。この原価に対し誤差が出ることになる。仕入れ価格の高いアルコールやチョコレートを入れすぎれば計算上の原価と大きな誤差が生じる。下手をするとお前が珈琲を淹れれば淹れるほど赤字になるようなことにもなりかねん。ひいてはお前らの給料が払えなくなるって流れだな。」
「ひっど〜い。私はそんないい加減にしてませんよ。この点ではマスターのほうがいい加減じゃないですか。あの大盛シリーズはなんですか?」
「あれはネタだ。気にしなくていい。とまあ、こんな具合に仕入れたものをそのまま売るだけの商売とは違い、個別商品の粗利が正確にその場でわかるものではないし、既に数字が出ていても計算上のと但し書きが入るべきものなんだ。場所・人手・環境などにかかる費用も馬鹿にならない。実際には1杯提供して何円の純利にしかならないものもある。だから計量ってのはおろそかにしてはいけないんだ。」
「ああっ、マスター、逃げながらまとめに入ってる。」
「それじゃあ次回の抽出研修会はアレンジコーヒー ICE篇をお届けいたします。」
「えっ、勝手に予告して終わってる・・・。じゃあ皆様また次回もお楽しみに!」

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2008年07月11日

◇血の暴走

梅雨の晴れ間の暑くなりそうな早朝。
空気には湿気がたっぷり含まれ、気持ちのいい朝とは言い難い。

開店前の仕込み中、定時には多少早い時間に見習いウエイターが到着した。
着替えの後、カウンターの中に入って作業を開始しようとしたところで彼の手が止まる。
マスターの左手には包帯が巻かれており、うっすらと血がにじんでいた。

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「マスター!!どうしたんですかその手は?」
「ああ、ちょっとな。」
「ちょっとじゃないですよ、包帯の上にも血がにじんでますよ。今日は休んでください。今お姐さんに連絡しますから。」
「いや、すまん・・・。フロアの掃き掃除でもしているよ。」


「お姐さんすぐ来てくれるそうです。いったいどうされたんですか?左手を怪我するなんて。」
「この前、うちのかみさんが捨て犬を拾ってきたの覚えてるか?」
「ええ、シーズーでしたっけ。しっかりしたバスケットに入れられて近くの公園に放置されていた奴ですよね。引き取り先は見つかったんですか?」
「いや、この通り、まだ家にいる。」
「えっ?噛まれたんですか?あいつそんなに強暴だったんですか?」
「トイレのしつけはきちんとされているんで安心してみんなに引き取り先を探してもらったんだが、その後に色々とあって簡単に引取りをお願いできる状態の犬じゃないとわかったんだ。」
「噛み癖ですか?」
「噛むというより牽制するんだ。かなり甘やかされていたらしく、自分が気に入らないことをされると歯をむいて怒ったり、うなり声を上げれば止めてもらえると思い込んでる節がある。家のボスが自分だと錯覚していたんだ。多分高齢の女性に飼われていたんだろう。うなり声を上げれば普通怯むからな。」
「ひょっとしてボスの座を賭けて犬と格闘していたんですか?」
「しつけをしていたと言ってくれ、お願いだから。その言い方じゃ俺がアホみたいだろ。」
「水を使う客商売なのに、手にそんな怪我するだけで充分だと思いますよ。」
「既に手だけじゃないんだ。2週間前には足をやられた。かみさんもあちこちやられてる。」
「うわ〜、一家で馬鹿やってるんですか?」
「だからそういう言い方をするなって。俺の家で飼うにしろ、よその家にいくにしろ今のままじゃ人も犬も不幸だ。きちんと自分の立場を認識させて、少しは丸くしてやりたいんだ。シーズーなのにブラッシングすらできないんだぞ。内側の毛がだまになっていてブラシが通らないんだ。寝そべっていると柄をはずしたモップそのものなんだぜ。トリミングに連れて行こうにも、歯を剥く癖があっては安心して任せられないんで、拾ったままの薄汚い状態が続いているんだ。そろそろ暑くってへばっているよ。獣医さんにお願いしたほうがいいのかな?」
「マスター、お気の毒・・・。」
「籠にはな、『捨て犬です、区役所に連れて行ってください』なんて書かれてたんだぞ。飼い主が自分の責任で連れて行くなら理解もするが、自分じゃ嫌だからって放置されたあの犬がかわいそうでな。うちのはほとんど飼うつもりでいるよ。自分が噛まれたってお構いなしでしつけをしてる。それでもなついてくるのは俺なんだ。噛んじまった後のばつの悪そうな態度なんか見ていて可哀想になってくる。」

「ますた〜!!怪我大丈夫?酔っ払ってなんか殴ったの?」
「馬鹿野郎、お前とは違う!!とと、わざわざ済まんな休みなのに。」
「いいえ、それは構わないですよ。出かける用事がキャンセルになってちょうどよかったんです。」
「またデートの・・・いや、あの、何だ・・・。」
「もういいですよ、毎度のことですから。あら、かなり深そうですね。」
「しっかり噛み付かれたからな。でも引き抜かなかったんで深いが牙のあとだけで済んだ。出血が止まれば大丈夫だろう。」
「お医者には行ったんですか?消毒だけはきちんとしておいてくださいね。掃除なんかいいから早く帰って休んでいてください。何かあったら連絡しますから。」
「お、お・・・。追い出すのか?」
「仕事のできない人が居ると邪魔です。」
「わかった、帰る!後はよろしくな。」
「お姐さん・・・マスター怒って帰っちゃいましたよ。」
「たまにはゆっくり休めばいいのよ。痛くないふりしてるけど相当痛いはずよ、あれは。マスターに『青い顔して指を腫らしてまで店の心配しなくったって大丈夫ですよ』って言ったって聞かないでしょ?あれ位がちょうどいいのよ。」
「後からお返しされませんか?」
「マスターはそんなにちっちゃくないわよ。あれは照れ隠しのポーズだから。直ったら逆にどっかで美味しいものでもご馳走してくれるんじゃないかな。」

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2008年07月17日

◆応用編 8.アレンジコーヒー ICE篇

毎日暑い日が続きますね。お待たせしました、応用編 8.アレンジコーヒー ICE篇をお届けします。

アイスのアレンジには、氷が入っているものないもの、グラス・ゴブレットなど、さまざまな提供方法が用意されています。これは提供時の見た目に関わるものなので、一部を除いて特にこだわる必要はないと思います。
今回マスターは、提供方法の違いで冷やし方が違う器具にこだわって講習を進めるようです。

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「おはようございます。今日も暑いですね。」
「おう、おはよう。アイスコーヒーを淹れておいたぞ、飲むか?」
「ありがとうございます、頂きます。・・・あれっ?いつもと違う。コーヒーの味が濃い・・・じゃないなぁ厚みがあるとでも言ったらいいのかしら?」
「面白い表現を使うなぁ。これは特殊な冷やし方をしておいたものだ。手間がかかるから一般には出せないからな。」
「手間って、どうしたらこんなアイスコーヒーが作れるんですか?」
「氷で冷やさなかっただけだ。いつもよりほんの少し軽めに淹れたアイスコーヒーを冷却材で冷やしてみたんだ。加水されない分濃さが残っているだろう?」
「なるほど、たまに冷凍庫に入っているあれですか。氷が溶ける分冷えるけど薄まっちゃいますもんね。」
「今日はアイスアレンジコーヒーを紹介していこう。器具も色々使うからな。」
「私の勤務の時に出してないものは作り方さえおぼつかないのがあります。読者の方と一緒に勉強させていただきます。」
「お前、学生時代よりずっと勉強家になってないか?そのうち知恵熱が出るぞ。」
「馬鹿言ってないで始めましょう。」
「わかったわかった。アイスアレンジで重要なことは、香りが出にくいことと甘味が伝わりにくいことだ。」
「確かにそうですね。普通のアイスコーヒーでも、通常のレシピでお客様に出した時、『ガム抜きか?』と追加でガムシロップを求められる方がみえますよね。アルコール香もなかなか香らなくって練習ではついいれすぎてしまいました。」
「暖かければ広がって鼻腔を刺激する香りなんだが、冷たいと口の中から香る感じになる。それが味なんだが、理解していただけない方もたまに居るな。」
「そういえばマスター、今回は冷やし方から器具を紹介するっておっしゃっていましたよね。グラスやゴブレットに満たした氷の上から一気に注いで冷やすだけじゃ駄目なんですか?」
「そう言うだろうと思っていた。答えは『問題ない』だな。特別なアイスアレンジを除いてはそれでも構わないんだ。味的にはなにも問題ない。」
「じゃあ何故?」
「見た目だ。以前に写真を載せた『メキシコ風ホットカフェ』をアイスで作ることを想像してみろ。基本の冷やし方だけでは対応できない。」
「なるほど、確かにそうですね。アイス・オ・レでもグラデーションをつけようとしたら一気にグラスには入れられませんものね。」
「そんな時に使うのがシェイカーだ。この中に氷をつめて使う。冷えたところで蓋についているストレーナーを使って氷を除けば、氷に邪魔されることなく静かに注ぎ入れる事ができる。」
「本来の使用目的である混ぜるためではなく分けるために利用するんですね。」
「これは氷を残したくないアイスウインナーの時に使うんだ。これはカクテルを作る本来の使い方だぞ。カクテルには氷は入っていないだろ?」
「ああ、そうか。そういえばカクテルグラスに氷が浮いていたら変ですよね。」
「また、混ぜるのが主体となるのがレギュラーアイスとチョコシロなどのはいったアイスアレンジが一緒にオーダーされた時だな。」
「別々に淹れないで一緒に落としておいて使う分量だけシェイカーに入れてチョコシロと混ぜるんだぁ。忙しい時ならではのテクニックですね。」
「でも、かっこよく見せようと思ってシェイカーを振るんじゃないぞ、絶対にな。」
「えっ?駄目なんですか?」
「泡立っちまうだろうが!アルコール主体のカクテルと違い不純物で構成されているようなコーヒーは泡立つとなかなか消えない。涼しげな見た目が台無しになるんだ。」
「私はマスターがシェイカーを振れないんだとばっかり思っていました。ちゃんと理由があるんですね・・・。」
「なんだその疑いの目は。何年この仕事をしてきていると思っているんだ。先進めるぞ。」
「何かあわててないですか?」
「いいや。では質問だ。5杯分のアイスコーヒー原液を一遍に冷やすにはどうしたらいい?」
「えっ?シェイカーの大っきいのを使う・・・じゃないですよね。シェイカーは混ぜるために使っているだけだから・・・!わかった!サーバーに氷を入れてやればいいんだ。」
「ほい、正解だ。だが本来の使い方からするとこいつを使うのでも構わないぞ。」
「いつも水を入れてバースプンが挿してある容器?」
「ああ、ミキシンググラスという。カクテルでは色鮮やかに作らなければならないときはステアというがこちらで混ぜ、ストレーナーで固形物を取り除きながらグラスに注ぐ。シェイカーだとどうしても濁りが出るからな。」
「ストレーナー?どれですか?」
「ねえよ。俺はバースプンで氷を押さえて注げるからここでは必要ないんだ。」
「そうやって子供みたいに自慢するんですね。」
「次だ、おいていくぞ。」
「待ってください。たまにグラスに一杯にクラッシュアイスを詰めたアイスコーヒーを作ることがありますよね。いつも知らないうちにできてるんで気にしてなかったんですが、ここにはアイスクラッシャーが見当たらないんですけど。」
「ああ、必要ないから置いてない。」
「???」
「クラッシュアイスは俺のサービスであって、本来のレシピにはそれを使う商品はない。だから必要がないので器具として置いてないわけだ。」
「じゃあ・・・?」
「どうやって・・・か?俺はキューブアイスをバースプンの背で割っているが、教えて欲しいのか?」
「はいはい、マスターが何でもできることはわかりました。それより例外に当たるアレンジアイスコーヒーってなんでしたっけ?」
「アイスコーヒー・スムージーに代表されるブレンダーを使うコーヒーだな。」
「ブレンダー?混ぜ合わせ器?なんです、それは?」
「普通に言えばミキサーだ。」
「なあんだ、ミックスジュースを作るみたいにアイスコーヒーと氷をいれて混ぜるんですね。じゃあ、クラッシュアイスも作れそうですね。」
「中の回転刃やモーターがへたらないようにしてくれよ。氷を入れるだけでかなり負荷がかかっているんだからな。これが故障するとガムシロも作れなくなっちまうからな。それにこいつでクラッシュアイスなんぞを作ったらうるさいし無駄が多いぞ。」
「くどくど言わなくってもわかりました。余計なことはするなって事ですね。」
「そこまでは言ってないが・・・。自分の勉強のために試す分には構わんぞ。疑問は解消するに限る。くれぐれも自分ちのミキサーではやるな。業務用のものとでは性能が違いすぎる。」
「ご忠告ありがとうございます。気をつけて試してみます。」
「ちょっと長くなったな、今回はこのぐらいにしておこう。」
「私としてはまだまだ聞き足りない感じがするんですが・・・?」
「後は応用で何とかなる。色々試してみることだ。」
「そうそう、『メキシコ風ホットカフェ』みたいなグラデーションってどうすればいいんですか?」
「ああ、それか。比重の重いものから順に静かに注いでいけば層がきちんとできる。グラデーションをきれいに出したかったら間の分も別に作っておくんだ。わかったか?」
「比重の違いなんてわからないですよ〜!」
「試してみればいいじゃないか、混ぜ物の多いもの・・・そうだな、チョコシロなんかが当てはあるが、これらの比重は重くなる。反対にスピリッツ(蒸留酒)は不純物がなくアルコールが大半なので軽くなるのが通常だ。後は経験と勘が頼りだな。グラデーションが映えるものって多くないから作って覚えちまえばいいぞ。」
「なるほど、魅せる必要のないところで頑張らなくっても大丈夫って事ですね。」
「そう単純に言い切ってしまうのにも抵抗はあるがな。」

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2008年07月24日

◇新たな使命

東京も梅雨明けの声が聞こえてきた。直射日光がジリジリと肌を焼き、そろそろ夏本番を迎えようとしている。
路地から薫る花の香りは梔子(くちなし)。そろそろ白い花の盛期は過ぎてしまった。

マスターの左手から包帯の姿は消え、いつもどおりにコーヒーを抽出している。
ランチタイム後のお客の流れが切れた頃、マスターはウエイトレスを近くに呼び寄せ小声で話しかける。

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「お前、運転免許は持ってるか?」
「いきなりなんですか?持ってはいますがほとんどペーパーですよ。」
「乗せてくれる彼氏もいないのにか?」
「いいじゃないですか、そんなことは!車の維持なんかできないんです、ガソリン代も高騰していますしね。いったいどうしたんです?唐突に。」
「いやなにな、ちょっと考えていることがあってな。」
「どこで飲んでても迎えに来てもらえるとか考えていたら無駄ですよ。私のほうが先に飲んじゃってますからね。」
「俺が呑みに行かないの知ってるだろ?付き合いで呑みに行ったってお前みたいな飲み方はしないよ。」
「じゃあなんですか?いきなり運転できるかなんて。」
「駅向こうの商店会の会長さんから聞いたんだが、あっちには早朝から営業しているコーヒー店が無いんだそうだ。」
「そうですね、コーヒーショップ自体がほとんど無いですもんね。」
「そこで朝の時間だけでも駐車場にテイクアウトの移動店舗を出してくれないかってことなんだ。」
「営業的には嬉しいお話じゃないですか?えっ?でも、それを私にやれとおっしゃっているんですか?無茶ですよ。」
「何を言っているんだ。あの近辺の雑居ビルにある事務所の始業に合わせて8時半から9時半の1時間でいいんだそうだ。客の数にもよるが、そんな状況なら一杯取りはしなくていい。客が集中するようならポットに作り置きでも構わん。作り置きであっても一杯100円のコーヒーや缶入りなんぞとは格が違うことを見せ付けて来い。」
「それなら私でなくても坊やでいいじゃないですか。彼、運転はばっちりのはずですよ。」
「あいつじゃ珈琲が足らなくなった時に追加で淹れる事ができん。それに朝の珈琲を手渡されるのは男より女性がいいと思うサラリーマンは多いと思うぞ。あっち側は役所や病院が近くにあるから、中にはいい男がいるかもな。」
「そ、そんな事言ったって、つ・・・釣られませんよ。第一店頭販売なんてやったことない・・・事もないのか。そういえば一昨年のクリスマスは私がケーキ売ってたんだった。ううう、これは決定事項なんですか?」
「先方にはうちも手が足らないので本人のやる気次第と伝えてある。」
「うわっ、ずるい!!既定路線じゃないですか、それじゃあ。・・・わかりました、やればいいんでしょう、やれば!いつからなんですか?」
「準備しなきゃならん物が随分とあるからな。一月後ぐらいを目処に始められるようにはしたいところだ。その頃ならまだアイス中心で済むだろうしな。月・水・金の週3日だけ頼む。それとはじめのうちは用意した分が無くなり次第売り切れでいいからな。」
「しばらくの間、車を貸していただいていいですか?どうせあのおんぼろのミニバンでやろうってんでしょ?ここから向こうの駐車場までぐらい動かせるようにはなっておこうかと思うんで閉店後練習します。」
「夜に配達がない日ならいいが、朝の出勤までには駐車場に戻しておいてくれ。くれぐれも事故にだけは気をつけろよ。営業が始まったら早朝手当てと運転手当て付けてくれるようにオーナーには言っておくから。それと近く保健所にも行ってもらうからな。」
「え?ひょっとして・・・。」
「そう、食品衛生責任者の資格取得だ。とれば資格手当ても申請できるな。」
「本気で知恵熱が出そう・・・。」
「任せたんだからな、頼んだぞ。」

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