2008年07月24日

◇新たな使命

東京も梅雨明けの声が聞こえてきた。直射日光がジリジリと肌を焼き、そろそろ夏本番を迎えようとしている。
路地から薫る花の香りは梔子(くちなし)。そろそろ白い花の盛期は過ぎてしまった。

マスターの左手から包帯の姿は消え、いつもどおりにコーヒーを抽出している。
ランチタイム後のお客の流れが切れた頃、マスターはウエイトレスを近くに呼び寄せ小声で話しかける。

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「お前、運転免許は持ってるか?」
「いきなりなんですか?持ってはいますがほとんどペーパーですよ。」
「乗せてくれる彼氏もいないのにか?」
「いいじゃないですか、そんなことは!車の維持なんかできないんです、ガソリン代も高騰していますしね。いったいどうしたんです?唐突に。」
「いやなにな、ちょっと考えていることがあってな。」
「どこで飲んでても迎えに来てもらえるとか考えていたら無駄ですよ。私のほうが先に飲んじゃってますからね。」
「俺が呑みに行かないの知ってるだろ?付き合いで呑みに行ったってお前みたいな飲み方はしないよ。」
「じゃあなんですか?いきなり運転できるかなんて。」
「駅向こうの商店会の会長さんから聞いたんだが、あっちには早朝から営業しているコーヒー店が無いんだそうだ。」
「そうですね、コーヒーショップ自体がほとんど無いですもんね。」
「そこで朝の時間だけでも駐車場にテイクアウトの移動店舗を出してくれないかってことなんだ。」
「営業的には嬉しいお話じゃないですか?えっ?でも、それを私にやれとおっしゃっているんですか?無茶ですよ。」
「何を言っているんだ。あの近辺の雑居ビルにある事務所の始業に合わせて8時半から9時半の1時間でいいんだそうだ。客の数にもよるが、そんな状況なら一杯取りはしなくていい。客が集中するようならポットに作り置きでも構わん。作り置きであっても一杯100円のコーヒーや缶入りなんぞとは格が違うことを見せ付けて来い。」
「それなら私でなくても坊やでいいじゃないですか。彼、運転はばっちりのはずですよ。」
「あいつじゃ珈琲が足らなくなった時に追加で淹れる事ができん。それに朝の珈琲を手渡されるのは男より女性がいいと思うサラリーマンは多いと思うぞ。あっち側は役所や病院が近くにあるから、中にはいい男がいるかもな。」
「そ、そんな事言ったって、つ・・・釣られませんよ。第一店頭販売なんてやったことない・・・事もないのか。そういえば一昨年のクリスマスは私がケーキ売ってたんだった。ううう、これは決定事項なんですか?」
「先方にはうちも手が足らないので本人のやる気次第と伝えてある。」
「うわっ、ずるい!!既定路線じゃないですか、それじゃあ。・・・わかりました、やればいいんでしょう、やれば!いつからなんですか?」
「準備しなきゃならん物が随分とあるからな。一月後ぐらいを目処に始められるようにはしたいところだ。その頃ならまだアイス中心で済むだろうしな。月・水・金の週3日だけ頼む。それとはじめのうちは用意した分が無くなり次第売り切れでいいからな。」
「しばらくの間、車を貸していただいていいですか?どうせあのおんぼろのミニバンでやろうってんでしょ?ここから向こうの駐車場までぐらい動かせるようにはなっておこうかと思うんで閉店後練習します。」
「夜に配達がない日ならいいが、朝の出勤までには駐車場に戻しておいてくれ。くれぐれも事故にだけは気をつけろよ。営業が始まったら早朝手当てと運転手当て付けてくれるようにオーナーには言っておくから。それと近く保健所にも行ってもらうからな。」
「え?ひょっとして・・・。」
「そう、食品衛生責任者の資格取得だ。とれば資格手当ても申請できるな。」
「本気で知恵熱が出そう・・・。」
「任せたんだからな、頼んだぞ。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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