2008年08月04日

◇なつかしの店

入道雲が夏の暑さをより増してくれているような熱気の午後だったが、どこかで夕立でもあったのか涼しい風が吹き込み、夕方にはさっぱりとした空気に変わっていた。
 
いつものウエイトレスは店の奥の席の客と先日同席した飲み会の話をしている。カウンターのマスターが渋い顔で目線を向けると慌てて戻ってきた。
トレンチをお冷のピッチャーと持ち替えたウエイトレスは入り口近くの席から順に廻っていく。

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「お嬢さん、ちょっと訊いてもいいかな?」
「ハイなんでしょう?」
「さっき奥のお客と話していたお店って、○×駅の南口ロータリーから西に入ったところにある小料理屋かな?」
「あれ?お客さんも知ってみえるんですか?時間帯が違うのかしら、あちらでお目にかかったことはありませんよね。すっごく美人で少し陰のある女将さんがいらっしゃるところでしょう?ああ・・・?ひょっとしてそれ目当てに通っているんですか?」
「いや、随分昔に行った事があるんだ。もう20年も前になるかな?以前は陰なんぞない、明るい女将だったんだがなぁ。店の雰囲気でも変わったのかな?」
「お店は落ち着いた雰囲気ですけど、女将さんの陰りは演出とは違うみたい。満たされてない感じですね。独身だっておっしゃってたけど打ち明けられない恋でもしているのかしら?」
「ふ〜ん、ちょっと幸せそうな感じがしないな・・・。」
「あれ〜?怪しいなぁ。お客さん、以前にあの女将さんと何かあったでしょう。聞かせてくださいよ〜。」
「どうしてそんな展開になるんだぁ?まあ当時はあの女将に逢いたくて通っていたけどな。」
「やっぱりね、でもどうして行かなくなっちゃったんですか?なかなか落ち着けるいい店じゃないですか?」
「事務所の場所が変わって寄れなくなったってのもあるんだが、女将が嫁に行くって噂があったからな。人の嫁さんに懸想してもまずいだろ?だから足を向けなくなったんだ。」
「ふ〜ん、なかなかケジメのある方なんですね。いいなあ、そんな男の人が惚れてくれれば浮気なんて心配しなくて済むのに。」
「あれっ?お嬢さん彼氏なんていたのかい?浮気の心配なんて。いつも縁がないって嘆いてたんじゃないか?」
「嫌だなあ、お客さんまで知ってるんですか?まさか今度は私目当てに通っていただいてるとか…。なんてことはないですよね。薬指の指輪がまぶしいですもんね。」
「まあそんなもんだ。だが、あの女将、独身って言ってたって?あの時の旦那と何かあったのかな。明るかったあの人が翳りを見せているなんて考えられない。少し心配になってきた。この後寄ってみるか。よし、お嬢さん、これでお勘定よろしく。」
「えっ?これからすぐに?私もご一緒したかったのに。あ、そうですね。私はお呼びじゃないですよね。はい、お返しです。お気をつけてどうぞ。」
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2008年08月13日

◆番外編 5.フレンチプレス

毎度お越し頂きありがとうございます。番外編第5回をお届けします。

今回は海外ではかなり一般的な抽出方法なのになぜか国内では特殊な方法と誤解されている『フレンチプレス』を紹介します。
最近ではシアトル系のコーヒーショップなどでも器具が売られるようになって、目にする機会が増えていますが、ご自宅でお使いになられている方はそれほど多くはないと思います。どうしても紅茶の器具のイメージが強く、「これで珈琲を?」と思われるでしょうが、手軽さといい、ほとんどテクニックがいらないという意味でも家庭には最適の器具ではないかと私は思います。

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「おはようございます。あれ?今日は紅茶の講習ですか?」
「おはよう、思ったとおりの反応をありがとう。日本の一般的な家庭ではこいつは紅茶でしか使われないことがこれで証明されたようだ。」
「マスター?ひょっとして今日はこれで珈琲を淹れようってことですか?」
「ああ、『フレンチプレス』という器具だ。他には『カフェプレス』・『プランジャーポット』などと呼ぶこともある。メーカーによって呼び名が違うが、構造はほとんど同じだ。こんなに単純なものだからな、変えられる場所は網の部分ぐらいしかない。」
「家で紅茶を淹れるのに以前使ってましたよ。私の持っていたのは網の部分がナイロンのメッシュになってました。でも、これは金属の網ですね。どちらかというとペーパードリップとは対極にある淹れ方になりませんか?」
「どうしてだ?」
「結局、粉をお湯に接触させたまま放置するんですよね。前にサイフォンのところで教わった『浸漬法』でしたっけ。だから味の傾向もトルコ式やサイフォン式に似てくるんですよね?」
「おお、あの時の説明を覚えていたのか。」
「あたりまえです。私だってちゃんと頭はありますよ。」
「以前は頭は付いていても使っているそぶりが見られなかったのにな。」
「ああそうですか・・・。もう、いじるだけなら帰りますよ。」
「いや、そんなつもりじゃないんだ。最近はしっかりしてきたなと感動しているんだ、うん。多分そうだ。」
「ん、もう、マスターったら。褒めてくれてるんですか、それで?もういいです、進めましょう。」
「わかった、始めていこう。こいつは名前の通りフランスの一般家庭で珈琲を抽出するのによく使われてきた。単純な機構でメンテもしやすく、また、ペーパードリップみたいに常にお湯をコントロールする必要がない。タイマーさえ間違わなければ常にそれなりに一定の味が出せる優れものだ。」
「いいとこずくめじゃないですか?ずぼらなマスターがこの淹れ方で店を始めなかったのが不思議なくらいですね。」
「余計なことは言わんでいい。確かに楽なんだが、俺はあまり好みではないんだ。特に粉っぽくなるところがな。」
「ふ〜ん、試してみていいですか?」
「機構上あまり細かく挽いた粉は使えない。それからお湯との接触時間が長くなるのであまり強い焙煎のものは焦げた味が出るぞ。粉の量は通常通りでいいかな。」
「どばっとお湯を入れちゃだめですよね。豆を膨らませながら・・・と、どのくらい置けばいいんでしょう?」
「わからん。経験と勘で決めてみろ。まあ、あちこち見て廻ると3分ぐらいってのが標準だとされているな。その後、飲みながら修正をしていくしかない。」
「ええっ?ひょっとしてそれってお店で使うのはものすごく大変って事?」
「そうだ。いつも同じ状態の豆を同じメッシュで挽いて使うならこんなに楽な器具はないんだが、専門店のように数十種類の焙煎の違う豆を扱うためには、それぞれに最適な浸漬時間を見つけ出さなきゃならない。」
「美味しくない珈琲を延々と飲み続けるんだ・・・。ペーパーフィルターでよかった。」
「だがな、本当にぴったりとタイミングが合ったときの味は素晴らしいぞ。ペーパーにはないこくと味が出る。おいおい、そろそろ終わりにしないと過抽出になるぞ。」
「うえっ、この珈琲飲みたくないですぅ。珈琲液が澄んでないですよ。」
「濁りは仕方ない。構造上の問題だからな。その分ペーパーでは味わえない珈琲の油分も充分に含まれている。見た目での判断は禁物だぞ。」
「は〜い。じゃあマスターもご一緒にどうぞ。」
「えっ?俺もこれを飲むのか?俺の分はお前が納得したものだけでいいぞ。」
「ず、ずるい!一緒に飲んで修正方法を教えてくださいね。」
「変えられるのは浸漬時間だけだって言ってるだろうが〜!」

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2008年08月23日

◇四年ごとの夏、堪能できましたか?

夏休みも3/4が過ぎ去り、朝夕の暑さも緩んできたようだ。
庭先に立ち上がっていた向日葵の大きな顔も俯いてしまっている。そろそろ植物たちは秋を感じ始めているのだろうか?

まだ強い日差しを手で遮りながら常連の高校生がやってきた。額からは汗が吹き出している。まだまだ人間には夏は続いているようだ。

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「マスター!!お久しぶり!」
「いらっしゃい!1か月ぶりか?いったいどうしてたんだ?」
「涼しいところでバイトしてた、住み込みで。帰ってきたのはいいんだけど暑さに負けて外に出るのが億劫になっちゃって・・・。」
「ああ、例の山小屋か?随分と早く帰ってきたんだな。去年あたりは学校が始まる直前まで行ってただろう?心配したお袋さんがうちにまで聞きに来た覚えがある。」
「そうだったよね、長期で逗留していた人が面白かったんでついつい居続けちゃったんだっけ。今年はさ、とりあえず受験勉強をするフリもしないといけないし。テレビじゃオリンピックをガンガンやってるしね。マスターは見てるの?」
「いや、ほとんど見ない。話題用にニュース番組で世間の注目を集めているものを流し見している程度だな。」
「興味がないんだ?」
「そうじゃない、うるさいんだよ。民放の中継が特に。CMは入るし、解説も満足にできないようなやつが大声張り上げて叫ぶし・・・。日本選手がいくつメダルを取ろうが俺にはどうでもいいんだ。なかには純粋にスポーツの美を見たいと思っている視聴者だっているんだ。」
「でも、アレがないと盛り上がらないじゃないですか?」
「いいんだよ、そんな物なくったって。あんな舞台に立つには選手それぞれに精一杯の努力を重ねてきているはずなんだ。そこまでに培った技術をきちんと見せていれば競技の素晴らしさは伝わるし、その難しさだって伝わってくるんだ。スポーツをショービジネスにするのはアメリカのプロスポーツだけで充分だ。あれだって解説なんかはおとなしいもんだぜ。ひいきチームの応援なんかよりも競技にまつわる数字や記録の紹介の方が多い。放送している側が熱狂しちまったら見ている側は逆に冷めちまうだろうが。淡々と公平に、映像の邪魔をしないように伝えることの方がよっぽど難しいんはずなんだがな。」
「僕等は今のわあわあ言ってるスポーツ中継になれちゃってるからなぁ。そんな中継があっても馴染めないかもしれないよ。」
「今の報道はアナウンサーや素人の解説者の感動が伝わってくるだけで、競技を見た視聴者が純粋に感動するのを邪魔しているように感じてるんだがな。」
「そうか、実況のアナウンスや、解説者の動向に左右されている自分がいるのはわかりますね。他国の選手同士が競い合っているときの盛り上がり方とはテンションが違う。そんな時は解説者も適当に流してしまっていたりしてるからなんだ。」
「2〜3日前にNHKでアーチェリーの準々決勝をたまたま見ることになったんだが、なかなかおもしろかったぞ。盛り上がりも何もない淡々とした中継で、アジアの30代の選手とヨーロッパのハイティーンの選手のアップがほとんどの映像の間に放った矢が的に当たる画が挟まるだけ。」
「うわ〜、胃がキリキリッとしてきそうな中継ですね。」
「そうなんだ、会場も水を打ったようにし〜んと静まり返って、ライブの音は弦を離したときの音と矢が的に当たった音、そしてその瞬間だけ歓声が漏れる。解説者も二人の紹介と得点の推移を伝えるだけ。」
「選手の緊迫感が画面を通して漂ってきそうな感じですね。集中しているから声すら出さないんですね。」
「交互に撃っているから相手の結果がわかる。それによって動揺しているのが次の矢で表現されてしまう。そんなこの競技の難しさが伝わって来たんだ。」
「競技に集中して観戦できたんですね。なるほど、演出過剰のバラエティ番組の延長のようなスポーツ中継ばかり見ていちゃ、そんな風に選手の呼吸みたいな細かい所までは見れないでしょうね。」
「以前は提灯番組の野球中継ぐらいしかそんな演出過剰なスポーツ中継はなかったんだが、実況のアナウンサーが芸能人ぶりだしてからかな、あんなになっちまったのは。」
「マイナースポーツならそんな静かな中継が見られるかな?探して見てみようかな。」
「ああ、たまにはいい物だと思うぞ。それはそうと、今日は何にするんだ?」
「久しぶりだし、外は暑いし、ちょっと食欲もなくなっているんで、ツルンと食べられるコーヒーゼリーがいいな。」
「こっちでも過剰演出が必要なのか?まあいいか。お前がこいつを頼むのはほんとに久しぶりだからな。アイス増量しといてやるよ。今のお前には余剰エネルギーにはなりそうもないからな。」
「マスター、サンキュー。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

◇盛夏の終わりの落花生

世間の学校では夏休みもそろそろ終わりに近づいてきた。
残った宿題の追い込みに手を貸すように連日冷たい雨が降り、あたかも秋雨が一足先にやってきたかのようだ。
蝉の声もまれにしか聞こえなくなり、もっぱら夜はコオロギたちの声が辺りを満たし始めている。

開店するとすぐに窓辺の席に座った高校生のカップルは、今日のデートコースを確認しているのか、二人の間に置いた雑誌を覗き込んでいる。

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「おまえ、この夏はずっとレモンスカッシュばっかりだな。」
「暑くて、なんだかさっぱりしたものがよかったのよ。あなたこそアイスコーヒーにミルクも砂糖も入れないで、大丈夫なの?ホットの時だってブラックなんか飲まなかったのに。」
「ここに通うようになってコーヒーの美味しさがちょっと解ったきたのかな。砂糖を入れないアイスコーヒーの甘さが感じられるんだ。」
「苦いだけじゃないの。私は夏の間はこれでいいわ。涼しくなったらいつものに戻るから。」
「これ、どうしたんだ?殻付きのピーナツなんて。」
「マスターに頂いたの。モーニングを食べないんなら、これだけでも胃に入れておけって。」
「へ〜。テーブル散らかっちまうのに。」
「だからちゃんとティッシュの上で剥いているのよ。あなたも食べる?これが最後だけど。」
「サンキュ。それじゃあそろそろ出掛けようか。」
「そうね、今からならあまり待たないで入館できそうね。」
「出発出発っと。あれ?どうしたの?」
「ダメ!振り向いちゃ!ストッキング直しているだけだから先に行ってお会計しておいて。すぐに行くから、ね。」
「わかったから、早く来いよ。」


「あの二人またデートね、腕組んで出かけていったわ、羨ましい…いや若いカップルっていいわね。」
「あいつらいつもどこに出かけているんだ?」
「美術館とかデパートの展覧会とかみたい。健全な高校生ね。でも不思議ね、あの娘いつも黒いストッキングを履いてる。」
「ひょっとしていつもタータンチェックのスカートもはいてるだろ?」
「そうだったかしら…そうね、そうかもしれないわね。でも、どうして?マスターがそんなことを知っているの?」
「ふ〜ん、そうか。しかしふっるい物を願掛けだかゲン担ぎのネタにするものだな。」
「ええっ?なになに?またマスター一人で気付いて悦に入ってる訳?教えてくれたっていいじゃないの。」
「いろいろ調べればわかるさ。得意だろ?サイフォンの時のように図書館でもネットでも使って調べればいいじゃないか。」
「冷たいわね。いいわよ、またあの時教えてくれた子に聞いてみるから。でも、最近こないわね?」
「聞いてなかったのか?あいつ、この夏どこかでホームステイするって言ってたぞ。語学力を強化するって言ってたな。」
「何よ、必要な時にいないなんて、常連だなんて言えないわね。ねえマスターったら。教えてちょうだいよ〜。」
「まあ頑張って見つけろよ。ほら、お客さんだぞ。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(12) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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