いつものウエイトレスは店の奥の席の客と先日同席した飲み会の話をしている。カウンターのマスターが渋い顔で目線を向けると慌てて戻ってきた。
トレンチをお冷のピッチャーと持ち替えたウエイトレスは入り口近くの席から順に廻っていく。
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「お嬢さん、ちょっと訊いてもいいかな?」
「ハイなんでしょう?」
「さっき奥のお客と話していたお店って、○×駅の南口ロータリーから西に入ったところにある小料理屋かな?」
「あれ?お客さんも知ってみえるんですか?時間帯が違うのかしら、あちらでお目にかかったことはありませんよね。すっごく美人で少し陰のある女将さんがいらっしゃるところでしょう?ああ・・・?ひょっとしてそれ目当てに通っているんですか?」
「いや、随分昔に行った事があるんだ。もう20年も前になるかな?以前は陰なんぞない、明るい女将だったんだがなぁ。店の雰囲気でも変わったのかな?」
「お店は落ち着いた雰囲気ですけど、女将さんの陰りは演出とは違うみたい。満たされてない感じですね。独身だっておっしゃってたけど打ち明けられない恋でもしているのかしら?」
「ふ〜ん、ちょっと幸せそうな感じがしないな・・・。」
「あれ〜?怪しいなぁ。お客さん、以前にあの女将さんと何かあったでしょう。聞かせてくださいよ〜。」
「どうしてそんな展開になるんだぁ?まあ当時はあの女将に逢いたくて通っていたけどな。」
「やっぱりね、でもどうして行かなくなっちゃったんですか?なかなか落ち着けるいい店じゃないですか?」
「事務所の場所が変わって寄れなくなったってのもあるんだが、女将が嫁に行くって噂があったからな。人の嫁さんに懸想してもまずいだろ?だから足を向けなくなったんだ。」
「ふ〜ん、なかなかケジメのある方なんですね。いいなあ、そんな男の人が惚れてくれれば浮気なんて心配しなくて済むのに。」
「あれっ?お嬢さん彼氏なんていたのかい?浮気の心配なんて。いつも縁がないって嘆いてたんじゃないか?」
「嫌だなあ、お客さんまで知ってるんですか?まさか今度は私目当てに通っていただいてるとか…。なんてことはないですよね。薬指の指輪がまぶしいですもんね。」
「まあそんなもんだ。だが、あの女将、独身って言ってたって?あの時の旦那と何かあったのかな。明るかったあの人が翳りを見せているなんて考えられない。少し心配になってきた。この後寄ってみるか。よし、お嬢さん、これでお勘定よろしく。」
「えっ?これからすぐに?私もご一緒したかったのに。あ、そうですね。私はお呼びじゃないですよね。はい、お返しです。お気をつけてどうぞ。」
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