2008年10月05日

◇デートに誘われて・・・

秋の長雨も一段落した。
近くの小学校からは運動会の練習なのか夕方まで音楽がかわるがわる聞こえてくる。
公園の隅に植えられた彼岸花の赤が季節の移り変わりを告げているようだ。

オーナーへの業務連絡の電話を中断したマスターが、微かに笑みを浮かべウエイトレスを呼んだ。
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「おい、オーナーがお前に電話を変わって欲しいだと。」
「はい?私に…ですか?何でしょう?」

「はい、お電話換わりました。…え?…あ、有り難うございます。…え〜、今度のお休みですか?特に予定はありませんけど…そんな、もったいないですよ。…わかりました、それでは明後日の夕方7時に。」

「おい、どうした?顔が赤いぞ。」
「こまっちゃったなぁ〜、どうしよう。…あん、もう…困っちゃうなぁ〜。」
「あっ、いらっしゃいませ。…おい、お客様だぞ!…だめだ、聞こえてねえな、こりゃ。お客様申し訳ございません、今お伺いします。」
「……どうしよう……。」

「おい、しっかりしろ。何があった。オーナーに何言われたんだ?」
「マスター、どうしよう。オーナーが移動店舗の事褒めてくれて、ご褒美にって食事に誘われたの。」
「おやおや、デートのお誘いに舞い上がっているってわけだ。」
「デ、デート…?ち、違うわよ!えっと…そうだ!オーナーが食事を一緒にっていったら相応のお店になるでしょ?そんな所に着て行く服っていっても何を着て行っていいやらわからないのよ。それだけよ!」
「ありゃあ…そう悩むのか?オーナーもつくづく変なのに…まあいいか。」
「良くないわよ!マスターと一緒に居酒屋に行くのとはわけが違うのよ。オーナーに恥かかせたら申し訳ないじゃない。」
「その点なら心配しなくても大丈夫だと思うぞ。あいつだってそんな格式ばった店にお前を連れて行きたいとは思ってないよ。もともとそんな店が大っ嫌いな奴だからな。」
「そうかなぁ…?」
「お前だって以前は普通のOLだったはずだよな。その頃のスーツぐらいまだ持っているんだろ?もしかして、着れなくなっているなんてことはないよな。」
「マスター、ひどい!この仕事初めてから随分引き締まったのよ。マスターもあの時私のスーパーボディ見たでしょ?でもいいわ、マスター。明日の午後の出勤遅くしていいですか?お出かけして見繕って来ますから少し時間をください。」
「そんなに気をつかわないでも大丈夫だぞ。その点は俺が保証してやる。」
「いいえ、私の気持ちの問題です。せっかくご褒美を頂くんですからだらしない格好ではイヤなんです。」
「そうか、デートって意識じゃないって訳だ。あいつだって男だぞ。」
「え…ま…そ…イヤだなぁマスター。そんな言い方しないでくださいよぉ。当日変に意識しちゃうじゃないですか。恥ずかしいなぁ。また私をからかって…、マスターの意地悪っ!」

「あ〜あ、素直に誘ってもらえて嬉しいって言えばいいのに…。あいつも手間のかかる奴を見染めたもんだ…。」


 

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2008年10月10日

◇秋の情景

いらっしゃいませ。毎度お立ち寄りいただきありがとうございます。
せっかくの秋の日なので装いも秋らしくしてみました。

今回で通算100回を数えます。
始まってこの方変わったことといえば私の通勤経路がどんどんと遠くなっていったことぐらいでしょうか。
ただし、日々の生活時間割りは確実に変化をしました。毎回の記事を仕上げるためにだらだらとテレビを見続けることが減り、休日に図書館に向かうことが増えました。これが嫌な変化であれば早々に放り出してもとの生活に戻っていたことでしょうが、そうではないというように着実に記事は数を増していき、元の生活には戻っていません。

以前50回の記念では女性のモノローグでお話を進めたので、今回は男性編。うまくいくでしょうか?
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徐々に深まる秋の日。
青い空は抜けるように高く透き通り、雲は日の光を隠すほどに大きく厚い物は見当たらない。
涼しい風が商店街を吹き抜けていく。大方の店が休みの今日は人通りが数えるほどしかない。

まだお昼には間がある。お客の姿は…
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「ああ、あの日は横浜に出かけたんだっけ。君は公園から見える港の景色が好きだった。」

「もう修復は叶わないとわかっていたけれど、もしかしたらと一縷の希望を持って出かけて行ったんだっけ。」

「でも、君も僕もすぐに気が付いていたね。最後のデートだって。君は前だけを向いていたし、僕は君を追いかけることをしなかった。目を閉じて遡ってみても僕が君から離れていくことなんか今までなかったはずだものね。」

「風音が止まった黄昏時、僕のほうから切り出した。これまで別れの言葉なんか探した事なんかなかったのに。」

「せめて微笑みの中で聞いてくれればよかった。君が別の男を好きになっていたのはわかっていたんだ。だからせめて気持ちよく送り出したいと思って僕から切り出したのに。泣くなんてずるいよ。」

「それでも、これでキリをつけることができた。しばらくは落ち込むだろうけど、すぐいつもの僕に戻れると思う。さよなら、今までありがとう。」

*****

「ううっ、いらん事まで思い出しちまったな。もう25年ほども経つのか。あれっきり会うこともなかったし、あれ以前も以降も別れ話を自分から切り出すことはなかったな。」

「いったい今日はどうしたんだ?商店街が休みだってことはわかるが、ここまで客が来ないとはな。こう暇だと頭の中が変な記憶のリフレインばっかりになっちまう。二人とも休みにしておいて正解だったな。」

「あれっ、なんでこれがここにあるんだ?これは入り口の扉にかかっていなきゃいけないものだろ?おやっ?メニューボードが電話台の前にあるまんまだ!」

「いかんなぁ、開店業務が途中で止まってるじゃないか。外看板のライトも点いていないし、日除けのテントも出てない。何やってんだ、きちんとしろ・・・って俺のせいか?久しぶりに一人で営業するってのに何やってんだか。」

「ひょっとして商店街から覗いて、まだ開いてないって思われているのか?急いで済ましちまわないと客は来てくれそうもないな。こんなところをあいつらに見られたら今後怒鳴れなくなっちまうよ。急ごう!」
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2008年10月15日

◇読む人のいない伝言

秋も深まり、北風が冷たく感じられるようになった。

小学校のチャイムが鳴ったのは随分前だった。
夕日が入っていた窓際の席で携帯電話のアラームが鳴る。正時でもないタイミングで鳴ったアラームに店内に居た他のお客は誰もが訝しげだった。

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「ああ、そろそろ時間だ。つい1ヶ月前なら慌てて店を飛び出して行って、駅の改札口で待っていたんだよなぁ。」
「降りてくる人の波の中に君の姿を見つけるのが好きだった。どんな服装をしていても見紛うことはなかったな。」
「あの日以来、君はこの街に来ることはなくなった。僕もしばらくは駅に通ったけれど、もう待つことはなくなった。伝言板にだけは未だに書き置いているけれど…。」
「どうしているんだろうか、携帯電話も変えてしまったようだね。こちらから連絡が取れないのはかえって助かっているよ。男は馬鹿だからね。ひょっと気になって掛けちまいそうになる。」
「うちにきては水をやってくれていた植木鉢の花も、季節が移って枯れてしまったよ。掃除も君の手がないと行き届かなくって、あの頃とは比べ物にならない。」


「おい、定期便の時間だろ?今日もいつもの豆をいつもの量でいいのか?使い方が減ってるようだが、何かあったのか?」
「ああ、マスター、そうですね、2/3にしてもらえますか?一度に淹れる量が減っちゃったんですよ。」
「おいおい、暫くぶりに顔見せたと思ったらそんなしょうもないことを言い出すのか?」
「いや、マスター。一月程前にあいつと別れたんです。それで部屋で珈琲を淹れる機会が減っちゃって、前に頂いた豆もやっと無くなったんです。一人分だけを淹れるのって面倒で。」
「なるほどな、それでいつも待ち合わせに使っていたのに来なかったってわけだ。一体どうしたのかとは聞かないが、仲が良かっただけに残念だな。美味しい豆をコンスタントに購入してくれる良いお客だったのにな。」
「そんな残念がり方ですか?まあ、僕が悪くってマスターにまで迷惑かけてるんですから強いことは言えないんですけど。」
「別に迷惑って訳じゃないさ。また豆を使うようになるつもりだろ?今だけだってわかってるよ。元気出して新しい彼女を見つけるんだな。なんならうちにも余ってるのはいるぞ。売約済の札はまだ掛かっていないようだからな。」
「あ、け、結構です。しばらくは自分を見つめ直そうと思ってますから。」
「そうか?余り後ろ向きにはなるなよ。ミスはミス。同じミスを繰り返さなければいいんだからな。」
「はい、気持ちの整理はついたんでまたここに通えると思います。豆はあんまり買えないと思いますがね。」
「よし、それなら特別な豆を用意しておいてやるぞ。」


−−10月15日 18:30 
      ○○さんへ マスターに顔を見せてくれ ××より−−

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2008年10月21日

◇男の子の宝物

枯葉が風に舞うようになって、1日が短かく感じられるようになった。
日中の陽射しはまだ十分暖かく感じるのだが、陽が傾くと途端に冷気が勝ってくる。

店の奥では若い男性と常連の奥さんが書類を前にして話し込んでいる。一緒についてきた幼稚園の年長ぐらいの男の子は小さな手提げのカバンを持ってウエイトレスに纏わりついている。
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「おねーちゃん、おねーちゃん。ほら、これが僕の宝物だよ。」
「なんだろう・・・?きゃっ!なあに、これは?」
「う〜ん、なんだっけ・・・。夏にお父さんがくれたんだ。もっとあったんだけどカラカラだから握った時につぶしちゃったんだ。だからいまはこれだけしかないんだよ。あっ、そうだ、子供の頃のお洋服だって言ってた。大人になるときに脱いじゃうんだって。いつもうるさく鳴いてた虫のなんだって。怪獣の子供みたいでしょ。」
「ああ、わかった!蝉の抜け殻なんだ。脱ぐところ見てた?」
「ううん、僕が寝ちゃってからなんだってお父さんは言ってたよ。これは近くの公園でお父さんと集めたんだ。」
「ふ〜ん、お父さんとお散歩にいったんだ。優しいお父さんだね。いつも一緒にいくのかな?」
「ううん、いつもはお母さんと一緒だよ。お父さんはね、お休みの日だけ。3人で出かけるんだよ。」
「そっか〜、いいね〜。あ、そうそう、ここにうさぎさんがあるから食べる?」
「えっ?うさぎさん?…あぁ〜!りんごのうさぎさんだ!!」
「りんごは好きかな?美味しいよ。」
「いいの?いただきま〜す。あ、そうだ宝物を触ったから手を洗わなきゃお母さんに怒られちゃうよ。おねーちゃん、ちょっと待っててね。」
「いいわよ、トイレの場所はわかるわね。」

「済みません、うちの息子がお仕事のお邪魔をしてしまって。おかげで打ち合わせがすんなり済みました。有り難うございます。」
「いいえ、とんでもない。賢いお子さんですね。きちんと会話もできるし、食べる前にちゃんと手を洗いにいけるなんて。」
「幼稚園でうるさく言われているんですよ。うちではあんまり言ったことはないんです。どうしても仕事があると細かい所まで気にしてられなくって。」
「いい子ですよ。ちゃんとお母さんの邪魔をしないようにこっちで遊んでいるんですもの。大人の仲に自分がいるといけない場面がきちんとわかっているんです。賢いですよ。」
「そんな風に言っていただけるととっても嬉しいわ。でも、あの子に寂しい思いをさせているのは事実なのよね。」
「子供って親の仕事ってよく見てますよ。直接は何をしているのかわからなくても、集中して仕事に没頭している姿は子供のいいお手本になると思います。」
「そうだといいんですけどね。うちじゃあもっと甘ったれなんですよ。」
「あの位の男の子はそれがいいんですよ。かわいいじゃないですか。外では精一杯背伸びしているんですね。いいなあ。」
「あなたも早くいい人見つけて…ねっ。ここにはいっぱい先輩がいるからね。あ、終わった?手は拭いてきたのかな?ようしそれじゃあ帰ろうか?」
「うん、マ…お、お母さん。おうちへ帰ろうよ。テレビ見たいな。」
「じゃあスーパーによってアイスも買って帰ろう。マスター、ご馳走さまでした。」
「おねーさん、ばいば〜い。」
「うん、またね〜。」


 

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2008年10月26日

◇兄と弟

秋風は次第に冬の色を纏い始めた。
北風に剥ぎ取られた枯葉が店の前を飛び去っていく。

背の高い、と言ってバランスが悪くない均整の取れた広い背中の後ろ姿を持った学生が二人連れだって店に入って行った。
カウンター席についた二人はマスターの手が空くのを見計らって声をかけた。

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「マスター、久しぶりなんでスター選手を連れてやってきたよ。ほら、お前も挨拶しろ。」
「初めまして、弟です。兄に聞かされていたより全然シックなお店ですね。」
「おお、嬉しいことをいってくれる。兄さんより出来はよさそうだな。それともスタープレーヤーとして身に着けたソツのなさかな?」
「そんな・・・、僕がいいプレーを出来るのはチームのみんなのおかげですから。」
「そりゃあそうさ、ラインの連中がいなかったら走路は開かないんだからな。」
「俺は先シーズンからの兄貴のプレーが気に入ってたんだがな。」
「えっ?マスター、兄貴の凄さがわかってくれてるんですか。いや〜嬉しいなぁ。いつも地味なプレーが多いんですけど、それがなければ僕はあれほど走れなかったんですから。」
「そんなことはないさ、お前の力は本物さ。自分はそのアシストをしているに過ぎないよ。」
「俺はな、弟の出ていない時のお前のプレーが好きなんだ。チームオーダーがあって余り好きにはできないんだろうが、自由にやらせてもらっている時のお前の動きは普段とは違う、相手のディフェンスを翻弄させるようなトリックをきちんと仕掛けてくる。見ていると次に何が起こるかわからないおもしろさがあるんだ。」
「マスター、それは買いかぶり過ぎですって。自分は高校時代はディフェンスもやってたんでやつらがどう動きたいのかが見えるときがあるんです。そんな時のためにこいつがいない時のユニットのメンバーに話を通してあるんです。連中も面白がって手伝ってくれますよ。」
「ああ〜っ!そんな面白いことしてたんだ、兄貴!混ぜてくれたっていいのに。」
「お前が出ている時にやっても意味がないんだよ。」
「そうだな、いつも影のような兄貴が派手なプレーを仕掛けてくるんだ、相手は驚くだろ。コーチはどう言ってるんだ?」
「好きにやれって言ってくれますよ。その代わりコーチが許可した時だけって限定ですけどね。」
「どうしても弟がもてはやされてるから多少の鬱屈はあるのかと思っていたが、思い過ごしのようだな。きちんと自分の役割を理解してるし、自分のアピールも忘れていない。こいつが鳴り物入りで入学してくるまでのお前からは随分成長したんだな。」
「こいつにだけは負けたくなかったんですよ。でも立場が違うのに同じ土俵で比較しても意味がないでしょう。だから、こいつが『凄い』ってわかるプレーを常にできるようになれれば良いかなって思うようになったんです。」
「兄貴〜、大人じゃん!やっぱ僕は兄貴の背中を追ってきて良かったって思いますよ。」
「自分は今シーズンで次のステージに向かう事になる。2年後、敵同士でぶつかれるといいな。」
「お、社会人でもやるんだな。お互いのチームが頑張ればもっと早く相見えることも無いとは言えんぞ。」
「そんな凄いチームが自分を欲しがってくれれば良いんですがね。」
「それは今戦っているこのシーズンの成果に掛かっているんじゃないのか。頑張れよ。」
「はい、これからも見てて下さいね。」
「僕もガンガン走りまくりますよ。応援してくださいね。」


 

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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