2008年10月15日

◇読む人のいない伝言

秋も深まり、北風が冷たく感じられるようになった。

小学校のチャイムが鳴ったのは随分前だった。
夕日が入っていた窓際の席で携帯電話のアラームが鳴る。正時でもないタイミングで鳴ったアラームに店内に居た他のお客は誰もが訝しげだった。

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「ああ、そろそろ時間だ。つい1ヶ月前なら慌てて店を飛び出して行って、駅の改札口で待っていたんだよなぁ。」
「降りてくる人の波の中に君の姿を見つけるのが好きだった。どんな服装をしていても見紛うことはなかったな。」
「あの日以来、君はこの街に来ることはなくなった。僕もしばらくは駅に通ったけれど、もう待つことはなくなった。伝言板にだけは未だに書き置いているけれど…。」
「どうしているんだろうか、携帯電話も変えてしまったようだね。こちらから連絡が取れないのはかえって助かっているよ。男は馬鹿だからね。ひょっと気になって掛けちまいそうになる。」
「うちにきては水をやってくれていた植木鉢の花も、季節が移って枯れてしまったよ。掃除も君の手がないと行き届かなくって、あの頃とは比べ物にならない。」


「おい、定期便の時間だろ?今日もいつもの豆をいつもの量でいいのか?使い方が減ってるようだが、何かあったのか?」
「ああ、マスター、そうですね、2/3にしてもらえますか?一度に淹れる量が減っちゃったんですよ。」
「おいおい、暫くぶりに顔見せたと思ったらそんなしょうもないことを言い出すのか?」
「いや、マスター。一月程前にあいつと別れたんです。それで部屋で珈琲を淹れる機会が減っちゃって、前に頂いた豆もやっと無くなったんです。一人分だけを淹れるのって面倒で。」
「なるほどな、それでいつも待ち合わせに使っていたのに来なかったってわけだ。一体どうしたのかとは聞かないが、仲が良かっただけに残念だな。美味しい豆をコンスタントに購入してくれる良いお客だったのにな。」
「そんな残念がり方ですか?まあ、僕が悪くってマスターにまで迷惑かけてるんですから強いことは言えないんですけど。」
「別に迷惑って訳じゃないさ。また豆を使うようになるつもりだろ?今だけだってわかってるよ。元気出して新しい彼女を見つけるんだな。なんならうちにも余ってるのはいるぞ。売約済の札はまだ掛かっていないようだからな。」
「あ、け、結構です。しばらくは自分を見つめ直そうと思ってますから。」
「そうか?余り後ろ向きにはなるなよ。ミスはミス。同じミスを繰り返さなければいいんだからな。」
「はい、気持ちの整理はついたんでまたここに通えると思います。豆はあんまり買えないと思いますがね。」
「よし、それなら特別な豆を用意しておいてやるぞ。」


−−10月15日 18:30 
      ○○さんへ マスターに顔を見せてくれ ××より−−

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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