2008年11月05日

◇晩秋の麦茶

日当たりの良い屋外にいても上着が欲しくなってきた。先日、木枯らしの1番が吹いたとニュースでやっていたようだ。
風にあおられた乾いた落ち葉が踊るように舞って行く。もう冬は近い。

常連の高校生があわてた様子で商店街から店まで走りこんできた。
なんだか新しい玩具を手に入れた子供のような、嬉しそうな表情でマスターに近いカウンター席に滑り込んだ。

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「マスター、確かマスターの個人用に麦茶って置いてあったよね。それとミルクを泡立てながら温めるやつもあったよね。」
「ああ、両方ともあるが、どうしたんだ?」
「ちょっと変わった飲み物を聞いてきたんで飲んでみたいんですよ。」
「どんなことを聞いてきたんだ?まあ、好きなように注文してくれて良いぞ。お前の言うとおりに作ってやるよ。しかも俺が気に入れば代金はとらないことにしてやるよ。」
「よっしゃぁ!やったね!!マスターが手を貸してくれればちゃんと飲めるものにはなりそうだ。じゃあまず麦茶を温めてください。」
「せっかく冷えてるのにか?わかった、わかった。文句は付けないよ。コーヒーは何を使うんだ?」
「いいえ、コーヒーは使いません。それじゃあスチーマでミルクを温めてください。」
「な、何となくやりたいことはわかってきたが…、本当に良いんだな?ちゃんと最後まで飲んでいけよ、この偽物を。お前の飲んでみたいのはオルゾのカプチーノタイプだろ?」
「ええ〜マスター知ってるんですか?なぁんだ、それじゃあこんな面倒な説明をしなくても良かったじゃないですか。」
「最初に麦茶なんて言うから訳がわからなかったんだ。」
「えっ?麦茶じゃダメなんですか?大麦を焙煎した物って聞いたから麦茶と同じじゃんって思ってました。」
「いや、俺も本物は知らんよ。代用コーヒーの一種だからな、いままで味見する気も起きなかった。しかしお前も大胆だな。同じ大麦だからって麦茶で代用しようとするなんて。」
「本当はどうするんですか?」
「調べてないから解らんよ。麦の味をしっかり付けるんなら麦茶を濃くするか、ロイヤルミルクティーのようにミルクで煮出した方がよさそうだとは思うがな。だいたい自分でしっかり調べてこんか、ちゃんとしたものを飲みたいんならな。」
「とりあえず雰囲気が味わえれば良いかって程度だったんで、あわてて来ちゃいました。済みません。」
「まあいいさ、今度本物を仕入れてやるよ。そら、代用コーヒーのそのまた代用品だ。味は保証の限りじゃないからな。」
「マスター、本当に何から何まで済みません。でもこれ、暖まれそうですね。」
「余分に作ってみたから俺も少し味見してみるか。…こりゃ旨いもんじゃないな、ミルクの味しかしないなぁ。しかし麦茶の作り方でもう少し良くなるかもしれんな。ハチミツで甘味を付ければ…少しブランデーでも滴らすかな。・・・せっかくのカフェインレス・ドリンクなんだからな・・・。」
「マスター、完全に商品化を考え初めてるよ。やっぱり名前が良くなかったのかな。Orzoじゃね、最初から落胆してるみたいだよね。でも、いくら請求されるんだろう?ツケって効くのかな。」


 

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2008年11月12日

◇父親の影

地球温暖化と言われながら、今年は冬が来るのが早いようだ。昨年よりもずっと寒い日がこんな時期から続いている。朝晩には息に白い物が混じるのももうすぐだろう。

いつもは陽気な中年のサラリーマンが今日は少々肩を落としてやってきた。
カウンターに席を定めると深いため息をつきつつマスターに話しかける。

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「マスター、相談に乗ってくれるかい?」
「ん?改まってどうしたんだ?らしくないね。」
「ちょっと悩んでいることがあってね。同年代で同じように親も子供もある、しかも気を置かないで相談できるなんてマスターぐらいしか思いつかないんだ。話を聞いてくれるかい?」
「俺なんかでよければ。但し、世の中で言う正しい意見とは程遠いものしか出してやれないかもしれんぞ。」
「構わないよ。そういいながら前だって助けてくれたじゃないか。今回は自分の考えを整理できれば恩の字なんだ。」
「わかった。仕事があるから中断することになることもあるが構わないんだな。」
「ああ、わかってる。入り組んだ話じゃないんだ。以前に子供のことで相談したときに自分は親父との接点が非常に少なかったって話したことを覚えていてくれるだろうか。」
「そうだったな。親父の存在感が薄いために子供に対する親父像が構築できないって話だった。その後は大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思う。マスターに『女性と違って男は最初から親父ではないんだ。子供と向き合って、自分なりの親父になるしかないんだ。基本的なモデルはいくらでもあるが、子供を見てればどうアレンジすべきかもわかってくるさ。』って言ってもらった事で肩の荷が下りた気がしたんだ。なんとなくではあるけれど家で親父をやれているよ。今回は自分の親父のことなんだ。」
「親父か・・・、俺もあまり参考にできるような親父をもっていないからな。ま、とりあえず話してみろよ。」
「ありがとう。実は親父の状態が悪いようなんだ。詳しいことはわからないんだが、突然行方不明になっちまうらしい。」
「徘徊・・・って訳じゃないんだな。」
「ああ、お袋と一緒に病院から帰る途中でいなくなったらしい。数時間後には見つかったんだが、お袋は車に乗れないから、道に詳しい知り合いに頼んで探すのを手伝ってもらってるそうなんだ。」
「ってことは過去に何回か起こっていると・・・。」
「そうなんだ。定年でリタイアした後10年になるんだがここ5年間でだんだん多くなってきているんだ。それで親父が俺たちをわからなくなっちまう前に顔を見せに一度帰って来いってお袋が言ってるんだ。」
「お袋さんが気が弱ってるんだな。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「あん、もうマスターってば他のお客さん放りっぱなしで・・・。まあたまにはいいかな。そのまま休憩ってことで私がやっときましょう。オーダーシートは見えないようにっと。真面目なおじさんたちの会話は邪魔しちゃ悪いからね。」


 

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2008年11月17日

◇忙しさの中で

風向きが北に変わった。冷たい風が店の前を吹き抜けていく。
灰色の空からは冷たい雨が今にも落ちてきそうだった。

近くにある区民館の帰り客なのか、突然に混み始めた店内でウエイターの姿があちらこちらと動き回っているのが見て取れる。
ウエイトレスはカウンターのなかで、洗い場とマスターの補助をしているようだ。

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「なにボ〜ッとしてるんだ?次の豆挽き終わったのか?…おいっ!これじゃあ3杯分もあるじゃないか!オーダーは1杯だぞ。何聞いてるんだ!」
「す…済みません。ハァ…」
「お姐さん、灰皿大至急でお願いします。それとミルクピッチャーも足りなくなりそうです。」
「えっ?タバコとライター?…??」
「お姐さん、しっかりしてください。灰皿とピッチャーです。」
「あ、はいはい。灰皿ね。今洗うから。」
「おい、流しの中をよく見ろ!冷タンがまだ残ってるだろ。何やってんだ、いつものお前らしくないぞ。」
「いえ、その…済みません…。」
「ああ、もういい!今日は上がれ!!居るだけ邪魔だ!さっさと帰れ!」
「マスター、それは…。休憩すれば大丈夫ですよね、お姐さん。」
「四の五の言わんでいい。後はお前が頑張ればいいだけだ。ほら、行った行った。」
「済みません、お先に失礼します。」
「お疲れさま〜。…マスター、キツすぎないですか?こんなに急に混んでこなければどうってことなかったんですから。」
「ダメなのは理由があるんだ。とにかくこの波さえ乗り切れば後は普通に戻るだろ。頑張ってくれ。」
「はい、洗い場入って大丈夫ですね。」
「そんな判断は自分でしろ!とにかくお客を第一に考えて動け。」
「解りました。」

*******

「やっと落ち着いたな。ちょっと受話器をとってくれ。」
「こんな時間にどこに電話ですか?仕入れの電話は午前中にしてましたよね?」
「こんな状況にした原因を作った奴に文句を言ってやるんだ。」
「はあ?お姐さんに追い討ちするんですか?」
「バ〜カ、あいつじゃねえよ。あいつが呆ける原因って言ったら今は一つしかない。」
「???」
「もしもし、ああ俺だ。てめえ何しやがった。あいつはボケきって使い物にならんぞ。」
「……」
「はあ?なんだか解らない?いい加減なこと言ってるとお前だからって容赦しねえからな。」
「……」
「何だって?お店から飛び出して一人で帰った?どうして?」
「……」
「プレゼントの指輪を買うために一緒に店にいって、どれがいいか合わせてもらってた?お前まさかあいつの経済観念を忘れてないか?いくらぐらいのを見立ててたんだ?」
「……」
「馬鹿野郎!それじゃああいつは自分のためのものなんて思うわけなかろうが。気づかなかったのか?去年のクリスマスに贈ったペンダント。今も出かけるときだけに大事そうに付けてるぞ。」
「……」
「どうしたらいいかって?自分で考えろ!もう今日は上がらせたからな。明日もあいつがこんな調子だったらどうするかみてろ。いいな、何とかしろよ!」

 
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2008年11月25日

◇浮かれた土産

小春日和が続いた3連休の最終日。
商店街は年末の催しに向けて準備が進んでいる。
暖かかった陽の光が翳ると風の冷たさが一段と感じられるようになる。

大きめのボストンバッグを抱えるように持った女性が、コートの襟を立て寒そうにはしているが心はうきうきしている様子がよく判る軽やかなステップでやってきた。

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「マスター、ただいま〜。はい、お土産!」
「いらっしゃい、今日はなんだか浮かれてるな?いったいどうした?」
「うふふっ・・・!」
「なんだなんだ、隠し事か?どうせ連休を利用してあいつのところへ行って来たんだろ?」
「ええ〜っ!どうしてわかっちゃったの?」
「あのなぁ、お前がそんなうきうきした顔をするのは奴がらみの時だけだ。それにこの土産、名物で有名だろ?自分から言い出すのは恥ずかしいから、でも聞いて欲しいってのが見え見えだぞ。」
「ちぇ〜っ!マスターにはばればれなんですね。これからは正直に話すことにします。」
「いったいなんでそんなに浮かれてるんだ?久しぶりにあいつに会ったのはわかるが・・・。」
「聞いて聞いて!今回ね、彼に内緒で新幹線や宿、向こうでの車の手配も全部自分でやったの。ちゃ〜んと行って帰ってこれたのよ、すごい進歩でしょ?」
「これで大学卒業して、ちゃんと就職できたんだから驚くよな。そんなことは学生のころに普通にやることだろうが?」
「だって〜、機会がなかったんだもん。1年の後半から彼とつき合い始めたでしょう。それからはどこかへ行ったりするときは全部彼が段取ってくれたんだもん。それが普通になっちゃってたの。」
「女同士の旅行だって行ったんだろ?あいつが所在無げに朝から晩までこの店に居つづけたことがあったっけな。」
「宿は他の子が手配してくれたし、乗り物だって食事だってみんなについていけば良かったんだもん。やったのはお会計ぐらいだったかしら。」
「得意な物は人それぞれだからな。それで今回は自分で全部やってみたって訳だ。ふ〜ん、どうだった?」
「ネットで全部済ませちゃったから大して手間もなくできちゃった。電話一本することもなく済んじゃって何だか拍子抜けだったわ。」
「まあ、奴の居るのは都会だからホテルも大手があるし、新幹線だけで済むからな。これが地方の名所旧跡や美味いもののための旅行だとそうはいかないぞ。でも、あいつビックリしてただろ。」
「うん、早い時間に電話して近くに居るって言ったら慌てて迎えにきてくれたの、今までに見たことないようなめちゃくちゃな格好のまま。無精髭だらけの彼の顔なんて初めてだったわ。」
「あいつの慌てようは相当だったようだな。いつも見かけるあいつは隙なんて見せないようなところがあるからな。楽しく過ごしてきたんだな。頑張って会いに行った甲斐があったな。」
「ええ、あちこちお出掛けして、彼の部屋も見ることができたんで大満足です。欲を言えばもう少し彼のところに長く居たかったなぁなんて…。」
「あ〜あ〜惚気はいいから。今日のところは何にするんだ?」
「楽しかったんだけど美味しい珈琲だけは飲めなかったの。マスターのお薦めがいいわ、今日は何かしら?」
「丁度サンタ・テレサが入荷してるぞ。あいつの好きな『高い芳香』に特徴のある種類の高級品だ。おまえの好みに合わせて軽めに淹れてやろう。」
「まあ、また彼を羨ましがらすことができるわ。近くに美味しい珈琲が飲めるところが無いってボヤいてましたから。」
「それじゃあ定期的に豆を送ってやるんだな。おまえが飲んで気に入った物をな。そうすればあいつは二重に美味しい思いを続けることができる。」
「そうですね、またマスターの手をお借りしなきゃいけませんけど、やってみます。」
「いいさ、店の売上にもなるんだからな。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☔| Comment(8) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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