2009年03月01日

◇Uターン就職

冷たい雨が街を覆い、何もかもが暗く沈んで見える夕暮れ。
霧のような雨粒が風に巻かれながら体に巻きついてくる。

女性用の旅行鞄を抱えた常連が連れの女性をかばうように歩き、店にたどり着いた。
荷物を受け取った女性はタオルを鞄から取り出し男に手渡す。
注文した品が届き、二人は落ち着いて話し始める。

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「あっちもこんな天気なんだろうか?実家に着くのは遅くなるんだよな。」
「ええ、でも電車の時間にはまだまだあるわね。もう少しだけここでゆっくりしていけるはずよね。」
「ああ、まだ大丈夫だよ。でもな、また戻ってくるんだろ?アパートもまだそのままじゃないか。」
「ううん、プロにお願いしちゃうと思う。戻ったらすぐ研修が始まるし、今度こっちにきたら帰れなくなっちゃいそう。」
「そうなんだ・・・、4月から始まるものと思っていたよ。まだ一月あるからって余裕かましてたから君に渡そうと思ってたものもまだ手に入れてなかった・・・。」
「ううん、そんなのはいいの。私が本当に欲しかったものは手に入らなかったから。」
「欲しかったもの?何だい、言ってくれれば一緒に探したのに。」
「やっぱりわかってない。それだから私は・・・。うん、もういいの。何とか卒業した小学校にもぐりこめたんだもん、そっちを頑張んなきゃ。」
「おい、涙なんて・・・。そんなに欲しかったのか?何だったんだ、気になるじゃん。」
「大丈夫、もう決めたことだから。ただちょっとこのお店やこの街とさよならするのが寂しいだけ。もう、簡単には来られなくなっちゃうから。」
「おいおい、そんなに深刻な話じゃないだろう。お前の田舎からここまでは3時間足らずじゃないか。週末に遊びに来るくらいわけないだろ。」
「・・・多分もう来られない。ん、そろそろタイムオーバーよね。」
「ああ、もうそんなに時間が過ぎたのか。本当に行っちまうんだな。」
「ええ、田舎で先生をするわ。もう未練は残さないって決めたの。」
「そうか、寂しくなるな。荷物貸せ、駅まで持ってやるから。」
「ありがとう、でもいいの。ここで見送ってくれればいい。最後にあなたにかっこ悪い姿見せそうだから。」
「・・・っておい、最後って・・・。」
「あっ、雪に変わってる。もう春なのに・・・。最後だから綺麗な思い出を残してくれようとしてるのかしら、この街も。じゃあね、元気でね。」
「あ、ああ、お前もな。俺はここにいる。ここにいることにするよ。」



「お前の欲しかったものって・・・俺の言葉か・・・。言わなくてもお互い解ってるって思ってたのにな・・・。遅いよな、気付くのが・・・。マスター、ラタサ・ローマを倍量でしっかり苦く淹れて下さい。」

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2009年03月11日

◇愛する形

冷たい雨が幕のように窓の外を覆っている。
先週までの暖かさからうって変わったように気温が下がっている。
大きな蕾をつけ開く寸前だった椿の花は、また硬く縮こまってしまったようだ。

ラストオーダーの時間も過ぎた遅い時間に、ひどく降る雨の中、傘もささずにそこらじゅうの店を覗いては落胆を繰り返す女性が、商店街のはずれに当たるこの店にも顔を出した。
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「マスター、うちのひと来てない?」
「どうしたんだ?ずぶ濡れじゃねえか。傘ぐらいあるだろうに。」
「ねえ、今日来た?」
「来てねえよ、って言うかしばらくご無沙汰だな。いったい・・・?」
「ここにも来ていないんじゃ、もう探すとこないよ・・・。」
「また外泊なのか・・・。相変わらず苦労させられてるな。ほら、タオルだ。とにかく濡れた髪ぐらい拭いて少し落ち着けよ。」
「駄目ね、そういう人だってわかってるのに、ちょっと家を空けただけですぐこんなになっちゃう。」
「だから周りの連中がやめとけって言ってたじゃないか。あいつの浮気性は昔っからだからな。」
「だって、好きになっちゃったんだもん。結局しれっと朝帰りしてきたって、お茶を入れてあげて普通に会話を始めちゃうのよね。半分は怒ったって仕方ないと諦めてるのに、別の女のところだって分かってはいるのに、もしかしたら事故とか事件なんて考えて顔を見るまで大騒ぎしちゃう。」
「解ってるんならそろそろ諦めたらどうなんだ?お前が傷つくだけだろう?」
「解ってはいるんだけど・・・。あの人しかいないの。あの人に尽くして、あの人のために苦労するのは嬉しいの。でも、そうしている自分を頑張ってるなって見守っている自分にも気付いている。これは自己満足なのよね、それもわかってる。この気持ちのよさにまだ酔っていられるの。」
「酔いはいつかは醒めるぞ。その時泣いても遅いと思うけどな。」
「酔っ払いはお嫌い?マスターって飲まないんでしたっけ?酩酊している間は先のことなんか考えないものよ。今しかないの。幸せに感じてるのよ。だからいいの。」
「判ったからちょっと静かにしてくれ、他の客に迷惑になる。飲んでなくて酔えるってのは便利な奴だな、まったく。」
「んじゃかえるね。ちょっと落ち着いたらあの人の帰りを待てるような気になってきた。」
「人騒がせな奴だなぁ。珈琲はいいのか?」
「うん、眠れないと夜が長くてまた落ち込みそうだから。また今度一緒に来るね。マスターありがとう。お邪魔様。」
「ああ、またな。普通の時間に来るんだぞ。」

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2009年03月15日

◇白い日の晩餐

季節外れの台風のような暴風雨から一夜明けた日曜日。
世間では昨日はホワイトデー。本命の女性に先月のお返しをする男は雨の中にもかかわらずあちらこちらへ出かけていたようだ。

この店でもそんな男性に誘われて美味しい料理を楽しんできた女性が、お客が少ないのをいいことに浮かれて惚気ているようだ。
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「えへへへ・・・、うふっ!」
「なんだ?変な声を出して。その様子じゃ今年はチョコレートのお返しは十分だったようだな?」
「ホワイトデーに二人ですごしたのなんて久しぶり。やっぱりいいわね〜。」
「せっかく気を利かせて早番だけで上がらせてやったんだ。それぐらい楽しんでくれてなきゃここで仕事してしてもらっていた方が良かったんだからな。」
「こんなに楽しかったのは何年ぶりかしら。マスター、ありがとうございます。最高のプレゼントでした。」
「ふん、せっかくお前のために店を予約していたようだったからな。お前を夜まで拘束したらあいつに恨まれちまう。いい店だったのか?」
「はい、ワインは美味しいし、お料理も最高でした。でも・・・。」
「なんだ?不満があるのか?デザートだってホワイトデー仕様の凝ったケーキだったはずなんだがな。」
「えっと〜、ここを突っ込んじゃいけないって判ってるんですけど・・・。珈琲が美味しくなかったんです・・・。せっかくその前までは完璧だったのに作り置いて時間が経った珈琲じゃ興ざめです。」
「ぶははは!職業病だな。あれほどの店だって確かに珈琲だけの専門家は置いてないだろうからな。珈琲までは気が廻っておらんのだろう。」
「ううっ、なんだか純粋にデートを楽しめない体になってしまったんですね。どこに連れて行ってもらっても、内装だったり什器だったりといつも気になるものが出てきちゃうんですよ。映画の前にちょっとお茶でも、なんて簡単に入れないんです〜。」
以前ロシアンティーを飲むためにお前を誘ったときに、お前は俺のそんなところを笑ってたんだぞ。そんな奴がおんなじことを言ってやがる。こんな短期間でそこまで変われるんだなぁ。まあそれは店のことを真剣に考えてくれている証拠だ。俺としては嬉しい限りだがな。それより気付いてなかったのか?あいつはお前を同じ店に2度連れて行ってないはずだ、お前がどんなにいい点を上げていてもな。」
「そうでしたっけ・・・って何でマスターはそんなことまで知っているんですか?彼ってばそんなことまで報告しているんですか?」
「いいやそれは違う。最初にあいつがどんな店に行ったら喜んでくれるかって聞くから、いろいろな店を見せてやれ、今のあいつならそれが一番楽しいはずだと教えてやったんだ。」
「まったく・・・、男同士何企んでるかわかったものじゃないですね。」
「企むなんて人聞きの悪い言い方はないだろう。お前に喜んでもらいたい一心で相談してきたんだ。俺としてはお前の成長の糧になればと思ってもいたがな。」
「あ〜あ、怒るわけにもいかないって事ですか・・・。解りました、単純に楽しんでいいんですね。そのうえで得るものは得て来いとおっしゃりたい訳ですね。ああ〜もう面倒くさい!」
「そう言いながら、口元が緩んでるぞ。デートの口実ができたと喜んでやがるな?」
「えへへ、解っちゃいました?それならなるべく遅番はあの子にお願いしま〜す!」


 

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2009年03月20日

◇卒業写真

日一日と暖かさが戻り、日差しにぬくもりが感じられる。
街には振袖に袴を付けた若い女性が多く見られる季節になった。
彼女らが抱える卒業写真には大切な思い出が一杯詰まっているもの。

今夜はそんな思い出を抱えた女性が、久しぶりにこの店の扉を開けた。
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「こんばんわ〜、マスターお久しぶり。」
「あれ?久し振りだな、元気そうで何よりだ。」
「マスター、ずっと前に、そうね、高校の卒業記念に作ってくれたあの珈琲って今日できますか?」
「ちょ、ちょっと待て。それはまた難しい注文だな。と言うより覚えてないぞ。」
「あら、マスターともあろう方が忘れちゃったんですか?」
「ああ、定番品や季節商品とかなら覚えちゃいるが、ワンオフのオリジナルでは覚えていられないってところだな。少し時間をくれ、ノートを探ってみるから。」
「ごめんなさい、ふっと思い出に浸っちゃったら懐かしいこの店を思い出したの。そしたらあの時の味を確かめたくなってそのまま来ちゃった。電話でもしておけばよかったかな。」
「う〜ん、ノートをめくってはみたものの、記憶に引っかかるものがまったく無くって駄目だ。何かヒントはないのか?味とか香りとか、トッピングに使ったものとか・・・。」
「えっと・・・▲×◆が入っていたと思う。この季節をイメージしたって説明されたと覚えてますよ。」
「▲×◆か。幾分絞られてはきたな。その中で古いものだから多分これだろう。間違っていたらスマンな。」
「そんな・・・、しょうがないですよ。いきなりで材料すら揃うかどうか解らないのに無理言っているんですから。」
「材料については問題はない。だが、あの頃の味を再現できるかは保証の限りじゃない。」
「えっ?」
「あの頃と今では俺の好みも変わっているし、アレンジ珈琲に対する姿勢もな。だから忠実な再現ではない。まあ、一層深くなっていると信じたいがな。」
「そっか〜、マスターも進化しているってことですね。」
「ワインにもヌーボーがあるように、若いからいいって事もある。だがそこには戻れないものだ。しかし寝かせただけの熟成があるはずなんだがな。」
「実は・・・卒業の前後に別れちゃった彼と偶然街で行き逢ったの。」
「ほう、それでその頃の事を思い出したって事か。」
「ええ、サラリーマン風だったけどなんだか自信に満ちてたんだ。自分の選んだ道をきちんと進んでいるんだって良くわかった。」
「それに引き換え自分は?って考えたってところか。」
「そう、あの頃目指した自分になれているのかな?ってね。」
「それを思い出すためにあの頃の思い出の珈琲か、なるほどな。」
「御免なさい、無理言って。」
「いいや、たいした手間じゃないし、逆に俺すら忘れていた珈琲を覚えていてくれたことが嬉しいよ。さあ、出来上がったぞ。」
「うわ〜っ、綺麗!!見た目の記憶はほとんどなかったの。こんなに綺麗な珈琲だったのね。」
「いや、当時の俺はまだ見た目に拘るほど気を使いはしてなかったからこんな手間はかけてなかったはずだ。これが時を重ねたって事だろうな。」
「味は・・・なんだか懐かしさがこみ上げてくる。あの頃もこんな風にマスターに迷惑ばかりかけていたのね。」
「昔からお前はいつも頑張っていたじゃないか。今だってそうだろう?この店に寄り付かなくなったのは仕事に全力を注いでるからだろうが。無理すんなよ。いつだって来られるんだ。この店はいつだって待ってるからな。」
「ありがとう、マスター。仕事が煮詰まっちゃってあせってたのかな。そんな時にあの人の顔を見かけちゃったから・・・。そうね、もう大丈夫。もうしばらくゆっくりとこの珈琲を味わってゆっくりしたら、明日からまた頑張れると思う。」
「あとはお好きに。ウエイトレスにも邪魔しないように言っておくから。」
「相変わらずね、マスター。たまには独占して相手をしてもらいたいな。」
「俺なんかじゃもったいないよ。そんなのは今の彼氏にお願いするんだな。」

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2009年03月28日

◆番外編 12.甘味料

毎度お越し頂きありがとうございます。番外編第12回をお届けします。

今回は添加物である甘味料についてお送りいたします。
普段ブラックでしか飲んでいないと忘れてしまいがちですが、甘味料の性質によって味わいが変わって楽しめます。

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「マスター、おはようございます。今日はダイエットの大敵、砂糖ですって?」
「おや?お前でもダイエットとは縁近い物なのか?」
「私でもってどういうことですか?私は彼と私の幸せな未来のために毎夜努力しているんです!」
「そのわりに酒をセーブしているって話は聞いたことがないぞ。」
「と、とりあえず甘いものだけは気を付けるようにしているんです・・・、いいじゃないですかそんなことはどうだって。それより始めましょう。」
「よしよし、それじゃあ始めるか。時にお前は、この店には甘味料に類するものがどれだけあるのか知っているか?」
「ヘッヘ〜、訊かれると思ってちゃーんと調べておきましたよ!グラニュー糖・白ザラメ・粉砂糖・角砂糖・ガムシロ・中ザラ糖・黒砂糖・メープルシロップ・蜂蜜・練乳・・・これぐらいでしたっけ。」
「コーヒーシュガーは?」
「ああ、そうですね。でも、アレンジ珈琲には使いませんよね。」
「そうだ。あれはホットのストレートコーヒーに特化して作られているからな。なかなか溶けないからこそ意味があるんだぞ。それからもう一つ使用頻度が高いのを忘れていないか?」
「まだありましたっけ・・・?」
「ほら、先月火傷しながら手作りしていた・・・。」
「ああ、チョコレート!!そうでしたね。」
「使い方の基本は2種類。純粋に甘みとして入れるか、それぞれの個性を生かす為に使うかの違いだな。」
「へ〜ぇ、と言うことは精製度の高い白い砂糖は甘みのため、それ以外は珈琲とのマッチングを楽しむとと言うことですね。そういえば白い砂糖以外の甘味料を追加で加えるアレンジは定番にはありませんね。」
「個性の強い甘味料はどうしても珈琲の風味を損ないがちだからな。うちで出しているのは現地で飲まれているスタイルを尊重しているんだ。アレンジ珈琲はあくまでセカンドメニューってことだ。」
「主役はブレンドやストレートって事ですね。」
「それを邪魔しない甘味料が大切ってことだ。」
「それにしても最近はアレンジ珈琲の注文って多くないですか?」
「う〜ん、シアトル系のコーヒースタンドの影響かな、ミルクの消費量は以前に比べれば多くなっているな。昔のスタイルでは普段はブレンドかお気に入りのストレートでたまにアレンジ珈琲っていう常連がほとんどだったのにな。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 珈琲抽出研修会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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