2009年03月11日

◇愛する形

冷たい雨が幕のように窓の外を覆っている。
先週までの暖かさからうって変わったように気温が下がっている。
大きな蕾をつけ開く寸前だった椿の花は、また硬く縮こまってしまったようだ。

ラストオーダーの時間も過ぎた遅い時間に、ひどく降る雨の中、傘もささずにそこらじゅうの店を覗いては落胆を繰り返す女性が、商店街のはずれに当たるこの店にも顔を出した。
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「マスター、うちのひと来てない?」
「どうしたんだ?ずぶ濡れじゃねえか。傘ぐらいあるだろうに。」
「ねえ、今日来た?」
「来てねえよ、って言うかしばらくご無沙汰だな。いったい・・・?」
「ここにも来ていないんじゃ、もう探すとこないよ・・・。」
「また外泊なのか・・・。相変わらず苦労させられてるな。ほら、タオルだ。とにかく濡れた髪ぐらい拭いて少し落ち着けよ。」
「駄目ね、そういう人だってわかってるのに、ちょっと家を空けただけですぐこんなになっちゃう。」
「だから周りの連中がやめとけって言ってたじゃないか。あいつの浮気性は昔っからだからな。」
「だって、好きになっちゃったんだもん。結局しれっと朝帰りしてきたって、お茶を入れてあげて普通に会話を始めちゃうのよね。半分は怒ったって仕方ないと諦めてるのに、別の女のところだって分かってはいるのに、もしかしたら事故とか事件なんて考えて顔を見るまで大騒ぎしちゃう。」
「解ってるんならそろそろ諦めたらどうなんだ?お前が傷つくだけだろう?」
「解ってはいるんだけど・・・。あの人しかいないの。あの人に尽くして、あの人のために苦労するのは嬉しいの。でも、そうしている自分を頑張ってるなって見守っている自分にも気付いている。これは自己満足なのよね、それもわかってる。この気持ちのよさにまだ酔っていられるの。」
「酔いはいつかは醒めるぞ。その時泣いても遅いと思うけどな。」
「酔っ払いはお嫌い?マスターって飲まないんでしたっけ?酩酊している間は先のことなんか考えないものよ。今しかないの。幸せに感じてるのよ。だからいいの。」
「判ったからちょっと静かにしてくれ、他の客に迷惑になる。飲んでなくて酔えるってのは便利な奴だな、まったく。」
「んじゃかえるね。ちょっと落ち着いたらあの人の帰りを待てるような気になってきた。」
「人騒がせな奴だなぁ。珈琲はいいのか?」
「うん、眠れないと夜が長くてまた落ち込みそうだから。また今度一緒に来るね。マスターありがとう。お邪魔様。」
「ああ、またな。普通の時間に来るんだぞ。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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