2010年06月02日

◇待ち合わせの風景

若葉の緑が眼に心地良い。
もうしばらくは雨空の鬱陶しさに悩まされることも無い今の季節。
日差しは強く汗ばむのだが、ビルや通りを吹き抜ける風はカラリとして、信号待ちで立ち止まった体の表面から水分を奪ってくれる。

昼下がり、休講になったのか常連の女子学生が両手いっぱいに資料を抱えてやってきた。
待ち合わせの時間でも気になるのか抱えた荷物越しに腕時計を覗き込む。
遅れていないことに満足したように微笑むと元気に店の扉を体で押し開けた。

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「マスター、お久し振りです。来てます?」
「おうっ、いらっしゃい。今年度初めてだな、今年もよろしくな。奴なら15分ぐらい前に来たかな。奥にいるよ。」
「ありがとう。いつもどおり早いのね・・・。私はマスター入魂のブレンドを頂こうかな。」
「久し振りに来た時は舌のリセットからって訳だな。」
「そんなつもりじゃないけど。それじゃあよろしくお願いします。」

「おまたせ・・・聞こえてないな、こりゃ。」
「・・・。」
「まあいいわ、本に集中しているあなたを見ているのも好きなの。眼鏡を直す、髪を掻き揚げる、咳払いをする。ページをめくる音だけがひっそり響く。」
「・・・。」
「こんなときは私のことも時間さえも忘れちゃうのね。」
「お待たせしました、ブレンドです。」
「ありがとう。あら、今日はおかし付き?」
「はい。先日あるお客様がお土産にお持ちくださったものです。女性の常連の方におすそ分けしているんです。」
「嬉しい!いいタイミングだったのね。」
「あ、来てたの。ごめん、気付かなかった。ちょっと待って、この本をしまっちゃうから。」
「いいのよ、私も今珈琲が届いたからもう少しゆっくりしましょう。」
「でも、本だけは片付けるよ。なんだか眩しいね。」
「ずっと俯いて本を読んでいたからよ。私との待合せの時間すら忘れて・・・。」
「うん・・・、まだ10分はあるからと思って本を開いたんだけどいつの間にかはまり込んじゃったんだ。」
「いつものことよね。街中で待合せても目印で本を取り出して読み始めちゃうから、私が遠くから走ってきても気付いてもくれない。時間に遅れて来る事はない代わりに出会うまでに時間がかかるなんてちょっと情けない。活字フェチもいい加減にした方がいいよ。」
「そう言われるとちょっと辛い。自分でも困るんで気をつけるようにはしてるんだけど、何もすることがない手持ち無沙汰な時間ができちゃうとつい本を手に取っちゃうんだ。」
「持って歩くのを止めればいいんじゃないの?」
「そ、それは・・・。・・・以前試してはみたんだ。結局手元に本が無いと手近な書店で手に入れようとしちゃって、新たなジャンルの開拓に繋がっちゃうんで逆効果だったんだ。」
「破れたポイ・・・。」
「何のこと?」
「掬いようが無い。まあしょうがないのよね、そんな貴方もひっくるめて好んでいるのだし。少しでも改善の努力をしてくれれば良いことにするわ。」
「ありがとう。それじゃあ今度から街で待ち合わせのときは着ぐるみでも着るようにするよ。」
「言ったからにはぜ絶対に実行してもらうからね。って周りの目なんか気にもしない貴方にとって何てこと無いわよね。それより着ぐるみの入手先の方が気になるし、そのあとどうするのかも気になるわね。」
「そのままに決まっているじゃないか。普通のコインロッカーには入らないと思うよ。着替えだって時間がかかるし。」
「着ぐるみと一緒に買い物・・・食事・・・ライブ・・・ひょっとして私への罰ゲーム?」
「そんなつもりじゃないけど。」
「ああ、もういい!私が見つけるから本を読んで待っていてくれた方が良い!」
「結論も出たし、そろそろ出掛けようか。」
結局こうなるのよね・・・ほれた弱みというか・・・
「ぶつぶつ言っていると時間に遅れるよ。さあ、早く・・・。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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