2009年03月20日

◇卒業写真

日一日と暖かさが戻り、日差しにぬくもりが感じられる。
街には振袖に袴を付けた若い女性が多く見られる季節になった。
彼女らが抱える卒業写真には大切な思い出が一杯詰まっているもの。

今夜はそんな思い出を抱えた女性が、久しぶりにこの店の扉を開けた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「こんばんわ〜、マスターお久しぶり。」
「あれ?久し振りだな、元気そうで何よりだ。」
「マスター、ずっと前に、そうね、高校の卒業記念に作ってくれたあの珈琲って今日できますか?」
「ちょ、ちょっと待て。それはまた難しい注文だな。と言うより覚えてないぞ。」
「あら、マスターともあろう方が忘れちゃったんですか?」
「ああ、定番品や季節商品とかなら覚えちゃいるが、ワンオフのオリジナルでは覚えていられないってところだな。少し時間をくれ、ノートを探ってみるから。」
「ごめんなさい、ふっと思い出に浸っちゃったら懐かしいこの店を思い出したの。そしたらあの時の味を確かめたくなってそのまま来ちゃった。電話でもしておけばよかったかな。」
「う〜ん、ノートをめくってはみたものの、記憶に引っかかるものがまったく無くって駄目だ。何かヒントはないのか?味とか香りとか、トッピングに使ったものとか・・・。」
「えっと・・・▲×◆が入っていたと思う。この季節をイメージしたって説明されたと覚えてますよ。」
「▲×◆か。幾分絞られてはきたな。その中で古いものだから多分これだろう。間違っていたらスマンな。」
「そんな・・・、しょうがないですよ。いきなりで材料すら揃うかどうか解らないのに無理言っているんですから。」
「材料については問題はない。だが、あの頃の味を再現できるかは保証の限りじゃない。」
「えっ?」
「あの頃と今では俺の好みも変わっているし、アレンジ珈琲に対する姿勢もな。だから忠実な再現ではない。まあ、一層深くなっていると信じたいがな。」
「そっか〜、マスターも進化しているってことですね。」
「ワインにもヌーボーがあるように、若いからいいって事もある。だがそこには戻れないものだ。しかし寝かせただけの熟成があるはずなんだがな。」
「実は・・・卒業の前後に別れちゃった彼と偶然街で行き逢ったの。」
「ほう、それでその頃の事を思い出したって事か。」
「ええ、サラリーマン風だったけどなんだか自信に満ちてたんだ。自分の選んだ道をきちんと進んでいるんだって良くわかった。」
「それに引き換え自分は?って考えたってところか。」
「そう、あの頃目指した自分になれているのかな?ってね。」
「それを思い出すためにあの頃の思い出の珈琲か、なるほどな。」
「御免なさい、無理言って。」
「いいや、たいした手間じゃないし、逆に俺すら忘れていた珈琲を覚えていてくれたことが嬉しいよ。さあ、出来上がったぞ。」
「うわ〜っ、綺麗!!見た目の記憶はほとんどなかったの。こんなに綺麗な珈琲だったのね。」
「いや、当時の俺はまだ見た目に拘るほど気を使いはしてなかったからこんな手間はかけてなかったはずだ。これが時を重ねたって事だろうな。」
「味は・・・なんだか懐かしさがこみ上げてくる。あの頃もこんな風にマスターに迷惑ばかりかけていたのね。」
「昔からお前はいつも頑張っていたじゃないか。今だってそうだろう?この店に寄り付かなくなったのは仕事に全力を注いでるからだろうが。無理すんなよ。いつだって来られるんだ。この店はいつだって待ってるからな。」
「ありがとう、マスター。仕事が煮詰まっちゃってあせってたのかな。そんな時にあの人の顔を見かけちゃったから・・・。そうね、もう大丈夫。もうしばらくゆっくりとこの珈琲を味わってゆっくりしたら、明日からまた頑張れると思う。」
「あとはお好きに。ウエイトレスにも邪魔しないように言っておくから。」
「相変わらずね、マスター。たまには独占して相手をしてもらいたいな。」
「俺なんかじゃもったいないよ。そんなのは今の彼氏にお願いするんだな。」

本日のメニュー
  思い出のアレンジ珈琲

誰にだって一つや二つ、飲み物にまつわる思い出はあると思います。
しかし、それを再現するのは時間であったり場所であったり、一緒にいる相手であったりと環境が異なるため、たとえレシピどおりに作ったとしてもまったく同じものと感じられるわけではありません。
それならば、新たな要素を加えて満足度を上げる方に努力した方がいい。
今回のマスターは成功したようですが、思い出の再現には失敗のリスクがつき物です。



posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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