2013年05月27日

◇再出発前夜

梅雨の足音も近付いた頃。
しばらく休業が続いていたこの店の前に人影があった。
脚立をたて看板を磨き、電球を拭いて埃を払い付け直す。
シャッターを上げてガラスを拭き、室外機の上に並んだ植木鉢を新しいものに置き換えていく。
そんな様子が商店街のアーケード下からみえたのか、何人かが顔を見合せながら店の方に近づいてくる。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「マスター、やっと帰ってきたのかい。」
「あ、ああ。いろいろあってな。商店街の皆さんにも迷惑掛けてしまった。すまんなあ。」
「そんなことはいいいよ。それより看板娘には連絡したのか?当初は気丈に若いのとふたりで続けていたんだ。」
「そうだよ。でも仕入れの豆の検品が不安で、しょうがなく一時閉店を決断したんだ。」
「ああ、それは聞いてる。馬鹿な奴だ…十分に鍛えたんだ、自分の舌を信じればいいのに。」
「そんな憎まれ口をきくんじゃないよ、嬉しいくせに。彼女言ってたぞ『せっかくマスターが作り上げた味を私が変えてしまったら申し訳ない。帰ってきた時に居場所がなかったら、今度こそ本当にいなくなっちゃうから』ってな。」
「それでも良かったんだ。オーナーとあいつら二人がいればこの店は大丈夫だってわかってるからな。」
「だがな、マスター。店にとってはそうかも知れんが客にとってはそれじゃ駄目なんだよ。特に若い常連連中なんかにとっちゃ良くも悪くも貴重な先達なんだからな。お前さんの厳しい意見に救われてるんだ。」
「そうそう、姐ちゃんもその口だろ?マスターにそそのかされてこの店に縛り付けられて、男の世話までしてもらって…。」
「おい、それは誤認だと思うぞ。でもこの店とマスターに新しい生き方を教えてもらったんだって喜んでいたのは事実だぜ。」
「そういえばそんなこともあったな。きっかけは俺かもしれんが、そのあと努力したのはあいつだ。感謝されるほどのことはしていない。」
「ふん、照れてるんじゃねえよ。それより営業はいつからだ?みんな待ってたんだぞ。」
「三日後かな?豆の焼きあがりが明日になるからな。また豆屋に無理きいてもらったよ。」
「ということは…マスターのこの後は暇だな。おいお前、姐ちゃんの連絡先知ってたよな。いつもの居酒屋にすぐ来いって言っとけ。おまえは店の予約。若い常連連中はっとお前の息子がわかるんじゃねえか?」
「おう、まかせろ。というより俺が知ってる。俺の店からここは良く見えるから開店したら教えてほしいって連絡先を預かってたんだ。」
「あいつらも気が回るこった。おっとどこへ行くんだ?」
「前夜祭なら勝手にやってくれ。俺には関係ない。」
「そんな訳あるかぁっ!絶対帰さんからな。宴会の場で言訳でもなんでも聴いてやるから。」
「待て、店の準備が…。」
「そんなのは明日でいい。おい縛り付けてでも逃がすなよ。」
「あ……」

 
本日のメニュー


  開店の花輪

オープン当日に仕入れ先企業や関係者より贈られるお祝い
私の田舎では花弁を抜いて持ち帰るのが常識で、閉店まで花が残ると今後の営業でも成果が出ないと考えられているほどです
普通にビニール袋、新聞紙、スポンジなどが用意されています。
そのため母が上京してきた際、パチンコ店の開店で花を抜こうとして怒られておりました。

posted by 銕三郎 at 02:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/363984755
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。