2007年07月25日

◇見知らぬ常連客

日の長くなった夕暮れ。
商店街から店の前までを行きつ戻りつして周りの風景を確かめていた、仕事帰りらしい初老の男性が意を決したように店の入り口に立ち止まった。
だが、まだ迷っているのかしばらく立ちつくしている。どうしても自分の覚えている風景に合致しない様子だった。
やがて、それでも自分の中で納得するものがあったのか、扉に手をかけ店の中に入っていった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「マスター?この店代替わりしたんだね。」
「そうですね、私はこの店のオープンした10年まえからですから、それ以前のことは余り解りかねますが、15年ぐらい前までは純喫茶だったことだけは伺っています。」
「そうか、25年は長いものだな。この辺りは昔の面影はまるで残っていないものな。」
「そのようですね。商店街の皆さんも同じようにおっしゃいます。駅が大きくなったのが12年前ですから、商店街もどんどん変わっていったのでしょうね。」
「この先に在ったキャンパスも移ってしまったしな。学生の頃はこの商店街には良く世話になった。」
「今はもうこの辺りで大学生の姿は見られないですよ。地元の高校のOB会やクラス会で集まってるのを見かける程度でしょうね。」
「あの頃は商店街どこの店に行っても知り合いがごろごろしてたっけな。パチンコ・雀荘・定食屋、ここだってそうだった。」
「そんな頃でしたら私にも覚えがあります。ここら辺りじゃないんですが、やっぱり喫茶店や雀荘をはしごして、深夜になると友人の下宿に集まって青臭い議論を延々と続けてましたっけ。」
「そんな時代だったんだろうな。しばらくぶりにこの路線に乗ったら、懐かしさに惹かれてここまでたどり着いたんだ。何にも残っていないんで逆に安心したというか、自分の気恥ずかしい過去には直面しないですんでホッとしたって感じがするよ。」
「そんな面もありますね。ちなみにお客様の懐かしい珈琲の味ってどんなものでしょう?」
「ああ、すまんね。まだ注文さえしてなかったな。そういえばどんな味だったんだろう。さっぱり覚えていないよ。集まっていた仲間の顔や、二人きりで店の隅に隠れるように座っていたときに流れていたボブ・ディランのことは覚えているのにな。」
「私も以前のお店のことはよくわからないのでお伺いしたいんですが、看板とか店の中のポスターとかご記憶にありませんか?」
「そうだな・・・みんなぼんやりしてしまって・・・。役に立てそうにないな。私は本当に友たちと語り合うためだけにここに来ていたみたいだ。」
「そうですか、残念・・・あっ、いや、余計な詮索をして申し訳ありません。」
「いいんだ、マスターは私の記憶に残る味を再現して喜ばせてくれようとしてくれたんだろう。私も昔を振り返って新たな発見があって楽しいよ。そうだ、マスターの懐かしい珈琲の味でお願いできるかな。うん、それがいい。」
「承知いたしました。でも、昔は酸味・甘味など考慮に入れられてなかったので、今の珈琲から考えると苦味だけが強調されたものになってしまうと思いますので覚悟してくださいね。」
「昔の珈琲は今よりもっと苦かったんだね。そうか、そんなことも気にせず飲んでいたんだな。今日は味わって飲むことにしよう。マスター、期待しているよ。」
「はい、お任せください。・・・ではこちらをどうぞ。美味しいと思っていただければよろしいんですが。」
「ん・・・うまいよマスター。もっともこんなに楽しく過すのは久しぶりだ。こんな気分で珈琲を飲んで美味しくないわけがないよ。ありがとう、また寄らせてもらってもいいかな?」
「お気に入りいただけて光栄です。珈琲と会話を楽しんでいただける方ならいつも大歓迎ですよ。また昔話に花を咲かせましょう。」
「ああ、必ず寄らせてもらうよ。本当にありがとう。」

<本日のメニュー>

  30年ほど前のブレンド

私が覚えているこの頃のコーヒーは、苦いだけの深みも何もない代物だ。
安い豆を使い利益率を上げていたと思われる。
一度に大量のコーヒーをネル布で淹れて作り置きし、注文が入ると小鍋で温めなおして提供していた。今考えるとそんなコーヒーが美味しかったはずはない。でも美味しく感じていたのは、お店の雰囲気や一緒にいた友たちのおかげだったのだろう。
実際には今ではインスタントにしか使われないロブスタ種が大半のブレンドだったにしても。

posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(15) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうです、昔飲んだコーヒー苦かったです。
砂糖を入れると、余計後味に苦味が残って、それでコーヒーが苦手になってしまいました。(今でも甘苦くなるのがイヤなのでたいてい砂糖は入れません。)
子供だったからだと思っていたけど、ホンマに今のコーヒーより苦かったんですね。
今も私はコーヒーはそんなに特別好きなほうではありませんが、朝の目覚ましにはコーヒーがいいし、買い物で歩き疲れたり、飛行機や長時間乗り物に乗った後は、コーヒーを飲むとほっと区切りがつきます。
エスプレッソを飲んでから、苦くてもイヤじゃないコーヒーもあるんやと、あとで知りました。食事の後、小さいカップで飲む、アレもほっとします。ちょっと、粉っぽい味な気がするのは、私が、あんまりいいコーヒーを飲んでいないからでしょうか?

Posted by 青グリン at 2007年07月29日 11:41
★青グリン 様

いらっしゃいませ。今日もお店の外は強い日差しがジリジリと肌を焼いてますので、無糖無氷のアイスコーヒーをデミタスのグラスでどうぞ。しゃっきりしますよ。

>ちょっと、粉っぽい味な気がする
エスプレッソには淹れ方が2種類あり、「マキネッタ」と呼ばれる家庭用のエスプレッソ器具で淹れた物と高圧のスチームで淹れる機械式のものがあります。
機械式よりも「マキネッタ」は苦く粉っぽくなる傾向があります。
また、レストラン等では大型の「マキネッタ」で一度に淹れて出す場合が多く、終わり近くではより粉っぽさが出てくるかもしれません。
しかし、粉っぽさも「マキネッタ」の味なので私には許容範囲です。
Posted by 銕三郎 at 2007年07月29日 12:45
そうですか、粉っぽいものなのですね。
私には、あの粉っぽさが苦味をイヤにさせない感じがします。
ちゅるちゅる滑らかな苦いものより、粉粉した感じの苦いものの方が、私には口に合うのです。
反対に、甘いものやスッパイものはザラザラしてないほうがウマく感じます。
Posted by 青グリン at 2007年07月29日 13:54
>ちゅるちゅる滑らかな苦いもの
コーヒーゼリーがあるんですがいかがですか?
脚付のブランデーグラスに半ばまでゼリーを固め、その上にバニラアイスを削って詰めていき最後にホイップ・クリームで飾ります。
甘さと苦さが同居したチュルチュルのデザートです。ご賞味ください。
Posted by 銕三郎 at 2007年07月29日 17:09
あ。コーヒーゼリーはちゅるちゅるだったですね。あれは美味しいですね。苦味少なめの方がいいです。クリーム多目で下さいね。
そう言えば、ベトナムのコーヒーも粉っぽかったですよ。カップの底に練乳を置いてから注ぐんですよ。
Posted by 青グリン at 2007年07月30日 01:24
>ベトナムのコーヒーも粉っぽかった
この店では他の珈琲と同様にドリップしたものを使用するので、粉っぽくはならないんですが、アラビア・トルコ辺りの淹れ方と同じ方法をとれば粉っぽくなりますね。簡単でいい方法なのですが・・・。
練乳の甘さが気にならない方は一度お試しください。珈琲にコクが出て楽しめますよ。
Posted by 銕三郎 at 2007年07月30日 12:23
おお、練乳コーヒー!やったことないです。早速試してみます。
練乳って妙に好きなのです。子どもの頃はよく練乳ミルクティーを飲んでいました。
どうしてコーヒーですることを思いつかなかったのかしら。

昔通い詰めたお店が、時代を経て残っているってものすごく嬉しい気持ちになりますね。
学生時代にずっと付き合っていた人は、安くて美味しいのに混雑していなくて寛げる店を見つける名人でした。おかげで当時行きつけのお店はひとつ残らず潰れています。。。
Posted by ひそそか at 2007年07月30日 13:50
★ひそそか 様

いらっしゃいませ。練乳お好きですか?甘くなってしまうので私は・・・。カキ氷はミゾレまたは抹茶派です。

>昔通い詰めたお店
若い頃のエネルギーが凝縮していましたね。
そのそれぞれが時代に取り残されたり、葬られたりして消えていってしまいました。
残っているのはそのお店が「本物」であった証なんでしょうが、なかには色も香りも無く何故残っているのかわからないお店もあって学生時代に過ごした町を訪ねるとちょっとびっくりしたりします。

ところで今回も「下敷き」のある回なのですが、わかっていただけたのでしょうか?
随分と古いものを使ってしまったので心配です。
Posted by 銕三郎 at 2007年07月30日 15:23
不本意ながらわかってしまいました。
きっみとよっく こっのみせっに きったっものっさー♪
あのーころーのーうたはきぃーこえなーいー ひーとのすぅーがたーも かぁーわあったよぉ〜お〜

えーと、私が生まれる前に流行っていたそうです。(汗)
Posted by ひそそか at 2007年07月30日 15:46
調べてきました〜。
×あの頃→○あの時 でした。
あの歌のモデルとなったのは、お茶の水の駅から明大方向に少し歩いたところにあった「丘」という喫茶店だそうです。
日本エスペラント学会(当時本郷)の学生会員達が、あそこで会合を開いていたんですって。

>残っているのはそのお店が「本物」であった証
先日、母校の近くを車で通りがかったら、在学時代にお世話になった「ほっかほっか亭」が健在でした(笑)。
隣のパン屋さんのホットドッグが安くて絶品だったのですが、そちらはもうなかったなぁ(涙)。優しい笑顔が印象的なおばさんのことを思い出しちゃいました。
Posted by ひそそか at 2007年07月30日 16:02
★ひそそか 様その1

>私が生まれる前に流行っていたそうです
さば読むのもいい加減にしましょう。

ガロの学生街の喫茶店です。

喫茶店の出て来る歌ってそんなに多くないんですね。シリーズ化は無理みたい。

★ひそそか 様その2

>「丘」という喫茶店
これを書くに当たって私も目にしました。当時は会合といってもぴんきりでしたからね。どんなことを語り合っていたのでしょうか・・・。

主食のお店はまた違いますよぅ。とはいえ、「ほっかほっか亭」の本部は時代と共にメニュー・味を吟味してきたことと思いますが。
嗜好品の店だからこそ時代の波に逆らうのは難しいんです。ただでさえ「エスプレッソ」「カフェラテ」「アフォガード」など新しいメニューが要求されていくんですから。
お客さんの嗜好に合わせる中でも自店のカラーをさりげなく主張できなければ残り続けていくことは出来ないと思います。
Posted by 銕三郎 at 2007年07月30日 22:35
>安い豆を使い利益率を上げていた
『うちのコーヒーは一杯30円くらいだぞ』と店長が得意げに言っていたのを思い出しました。

それでも『ここのコーヒーはおいしい』というお客様もいらっしゃったんですよね。。。(遠い目)

私、学生の時には『苦くいコーヒー』をストレートで飲むために、頑張って気取っていました。
うふふふ。
今は、おいしく飲めます。
Posted by ぺこぽこ at 2007年08月06日 17:31
★ぺこぽこ 様

いらっしゃいませ。「マンデリン」を深煎りしたものをお召し上がりください。

>一杯30円くらいだぞ
当時の珈琲の原価なら安くない金額ではないでしょうか。

お出しした珈琲は「苦味」を強調してみました。笑顔でお飲みください。
Posted by 銕三郎 at 2007年08月06日 21:17
>当時の珈琲の原価なら安くない金額
そうなんですかー。。。
でも、でかメーカーに一気に落としておりました。。。

マンデリン。
高速のPAで『ドッリプ自販機(アドマイア)』を見るたびに、買ってしまいます。
酸っぱいのよりも得意なんですよねー。。。
Posted by ぺこぽこ at 2007年08月07日 21:26
★ぺこぽこ 様

>アドマイア
何度かあちらこちらで特集があり、比較的美味しいとの評を頂いていると思いました。
ワンコインでレギュラーコーヒーがたとえ自動であったとしても美味しくいただけるのは、日本の技術のよいところだと思います。マ○クのコーヒーよりはずっとましだと思いますよ。
Posted by 銕三郎 at 2007年08月07日 21:56
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。