2007年12月21日

◇聖夜の予定

12月24日のお昼過ぎ、そろそろ日が傾き始め空気が冷たくなってくる。
商店街のスピーカーからはクリスマスソングが聞こえてくるが、この店の前にはツリーなどは置かれていない。
店頭に置かれたテーブルの上にはクリスマスケーキの箱が積まれていたが、既に大半は持ち帰られ、わずかな残りが引換券を待っているだけになっている。
また一組の親子が訪れ、引換券と現金を渡してケーキを受け取ってゆく。
テーブルの後ろにはサンタ風の衣装を羽織った若い女性。子供に話しかけたりしながら笑顔で応対している。

最後の1つを渡し終えた彼女が店の扉を開けてウエイトレスに声をかける。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「全部渡し終わりました。何から片付けましょうか?」
「寒かったでしょう。とりあえずお金と引換券だけ持って店の中に入っていらっしゃいよ。マスターが温かい物をご馳走してくれるわよ。」

*****

「お疲れ様、どうだった?うちでのバイトは。」
「声をかけていただいて感謝しています。楽しかったですよ。お子さんが眼をキラキラさせて待っている姿を見ていたら元気が出てきました。」
「クリスマスイヴに悪いとは思ったんだがな。当てにしていた奴が体調を崩しちまって、頼めるのがいなかったんだよ。遊びに出かける用とかはなかったのか?」
「はい、今年は・・・。今日1日どうしようかなぁって思ってたんです。買い物に出ても幸せそうなカップルや家族連れで一杯でしょうから。」
「おいおい、よく一緒に来ていた彼氏はどうしたんだ?そういえばここ1〜2ヶ月顔見せてないなぁ。」
「喧嘩したままなんです。それも長期出張の直前に・・・。」
「それでか、来るたびに暗い表情を見せていたのは。付き合い始めた頃からデートの帰りは変わらずここだったからな。いつも嬉しそうにしていたのを覚えてるよ。」
「ええ、マスターに話を聞いてもらうのが楽しみだったんです。マスターの一言二言が背中を押してくれたり、引き戻してくれてたりしたんです。だから、今日来てみたんです。マスターが何か言ってくださるんじゃないかって・・・。」
「あ・・・、それじゃあ悪い事したな、バイトなんか頼んで。」
「いえ、別のことに集中できて、お客さんの笑顔がたくさん見られてすごく楽になりました。ちっちゃな子が、『お父さんは今夜も仕事だよ、でも寂しくないよ。サンタさんと約束したんだ。いい子にしてますって』って言っていたんですよ。大人の私が彼のいないクリスマスが寂しいなんていってるのが恥ずかしくなっちゃいました。」
「まあ、仲直りするのが先決ってことだな。電話とかしてないのか?」
「謝ってくるまで許さないつもりだったんで全然・・・。」
「あいつのほうもそう思っていたらどうするんだ。こういう場合先に謝ったほうがこの先有利なんだぞ。相手だって謝るタイミングを逸して困っているんだろうからな。」
「でも・・・。」
「今電話掛けてふられりゃ諦めも付くだろうが。ま、お前らに限ってそんなことにはならんと思ってるがな。」
「だって、なんて言ったら・・・。」
「ああ、もういい。俺が電話する。謝らないんだな!」
「えっ?ダメです、私が今します。」
「そうやってもっと早く素直になってりゃ良かったんだ。そうすりゃあ2ヶ月も寂しい思いしなくても済んだのにな。」
「あ、もしもし?私。ごめんね・・・えっ?マスターに・・・?どういうこと?・・・どこですって?あ、切れちゃった・・・。マスター?ねえ、どういうことかしら?『マスターにありがとうって言っといて』ですって?」
「あ・・・、うん、それは・・・だな。あいつに相談されたんだ、どうしたらいい?ってな。実は昨日の夕方から明日の朝まで思いがけず休暇になったそうだ。でもいきなり会いに帰っても喧嘩したままなので会ってくれるかもわからない。そこで俺のところに連絡があったんだ。」
「まあ、それじゃあマスターは全部知ってて・・・?」
「ああ、そうさ。お前が今日店に来なかったらどうしようかとハラハラしたんだぜ。来なけりゃ夕方お前んちにあいつと出かけるつもりだったんだがな。あいつの手作りのケーキを携えてな。」
「彼は今どこに?手作りって・・・?」
「多分ホテルに戻った頃だろ。今日半日ケーキ作りでしごかれてたはずさ。」
「えっ?しごかれてって?」
「お前が今日手渡してたケーキの製作者のところさ。無理言って今日だけ預かってもらった。訳を話したら喜んでしごきを引き受けてくれたよ。お前は一人きりのクリスマスにケーキなんか買ってないだろうし、謝罪を形にしたいって言うから自分で作ることになったんだ。」
「そんなこと・・・。顔を見られるだけで嬉しいのに・・・。わざわざ遠くから帰ってきてくれるだけで嬉しいのに・・・。マスター、私たちのためにあれこれ手配してくださったんでしょう?ありがとうございます。」
「いや、あいつが真剣にお前のことを案じていたからな。あいつが自分から行動に移さなかったら俺は動かなかったんだ。あいつの気持ちを大切にしてやるんだな。この封筒に今日のバイト代とあいつからの手紙、そしてホテルの部屋番号が入ってる。今日1日はまだまだ終わってないぞ。急いで行って、ちゃんと話をして来い。明日の1番で帰るって言ってたからな。」
「マスター、私、行って彼にしっかり甘えてきます。今日は本当にありがとうございました。また改めてお礼に伺います。」
「礼なんていいよ。早く行ってやれ。ケーキの生クリームが溶けちまうぞ。気をつけてな。」
「はい、行ってきま〜す。」

「ああ・・・行っちゃった。いいよなぁ、羨ましいよなぁ。ますた〜、ここにも寂しがってる女の子がいるんですよ〜。わかってますか〜?」
「それで俺にどうしろと?」
「うふん、終わってからクリスマス・ディナーに連れてってくださいよ〜。」
「ダ〜メ、俺だって今夜は早く帰るんだ、子供たちが起きて待っているからな。絶対付きあわねえぞ、勝手にするんだな。」
「あっ、最後の糸も・・・。しょうがない、酒でも持って父ちゃん家行くか・・・。」

本日のメニュー

  アインシュパナー

耐熱の脚付きグラスに7分目までフレンチローストブレンドを満たし、ホイップクリームを珈琲に蓋をするようにたっぷりと浮かせます。
陶器のカップで提供すればウインナ・コーヒーといわれるものですね。
甘味に白ザラメをいれておくと、光の加減でグラスの底がキラキラ輝いてみえます。
今夜はホイップの上にクリスマス・ホーリーの葉っぱをトッピングしましょうか。

posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マスター、心憎いキューピッドですね!
カフェのメニューを色々見た(読んだ)のですが、こだわりのコーヒーからお洒落なアレンジコーヒー、紅茶やデザートまで、幅広いのですね。
飲み物としてはロイヤルミルクティーが大好きなのですが、ちょっと悲しいエピソードでした。
彼がコーヒーで気持ちを切り替えて、新しい恋ができていますように…
Posted by Dolphin at 2007年12月23日 12:50
★Dolphin 様

いらっしゃいませ。過去記事いろいろと御覧頂きありがとうございます。
お礼といってはなんですが、お客様名簿に追記させていただきます。

今回は以前の「貸切の宵」の前に当たる話と考えていただければいいかなと思います。クリスマス向けの作品として仕上げました。

>彼がコーヒーで気持ちを切り替えて、新しい恋ができていますように…
ご心配ありがとうございます。また、登場する機会もあるんでしょうね、多分・・・。
Posted by 銕三郎 at 2007年12月25日 12:43
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