近くの商店街の照明は消された頃。
店頭の看板の照明と入り口のダウンライトが消され、客の姿はない。
モップを手に店内を行ったり来たりしているウエイトレスだったが、バケツを手に入り口から現れ側溝に汚れた水を捨てた。
カウンターの中では紫煙があがり、殺菌用の漂白剤の匂いが漂っている。
レジの金銭を片付けたマスターが再びカウンターの中に戻った。
バケツを片付けたウエイトレスが看板をしまい、シャッターを下ろす。
「床掃除終わったか?」
「はい。マスターの方はなんか手伝うことありますか?」
「大丈夫だ。じゃあ終わりにするか。最後の一杯入れといたからな。」
「ありがとうございます。でも、お客さんの引けが速かったんで、あっさり終わっちゃいましたね。」
「そうだな。器具の洗浄なんか閉店前に済んじまった。」
「こういう終わり方っていいですよね。」
「ああ。そうだお前、明日の休日どうしてるんだ?」
「えっ?!イヤだなぁマスター。私だってデートぐらいしますよ。」
「そうか、予定があんのか・・・。そしたらこの間お前の休みに手伝ってくれた彼女でも誘うか。今からで連絡つくかなぁ。」
「ええっ!ちょっと待ってくださいマスター。どこか連れてってくれるんですか?」
「お前予定があんじゃないのか?ひょっとして倉庫の大掃除でも手伝わさせられるとでも思ったんだろ。そうゆうときはバイト代増額してるだろうが。嫌な顔すんなよ。まさかデートっていうのも・・・」
「ま、まさかそんな嘘なんて・・・って、ごめんなさいっ!見得張って嘘つきました。」
「あ〜あ〜、もう解ったからせっかく拭いたカウンターに額をこすりつけるのを止めてくれ。」
「じゃあ一緒に行っていいんですね。やった〜。で、どこへ?」
「あのなぁ・・・。ちょっとロシア料理なんかをな、食べに行こうかななんて思ったんでな。ディナーはもとよりランチだって一人で行くのはちょっと・・・って店なんだ。ランチぐらいなら奢ってやれるから、暇そうなお前なら一緒に来ないかな〜と思ったんだよ。」
「暇そうは余計ですけど。でも何でロシア料理なんです?」
「お目当てはロシアンティーだよ。ランチにもついてるって話だからな。うちのを美味しくするヒントを見つけたいからな。」
「やっぱりそんなことなのね。たまにはお店に関係なく出かけたりしないんですか?」
「なんでだ?どこへ行ったって何だって自然と店に結び付けているさ。いいものを見れば余計だな。」
「ふ〜ん、たのしい?そんなんで。」
「この仕事が好きでやってんだぜ。美味しいものを食べたり飲んだりしてる人って幸せそうだろ?それを自分が提供してるって最高じゃないか。そのためには自分が努力しなきゃそんな気分は手には入らないだろうな。」
「そっか。だからマスターはお店が混んでめちゃくちゃ忙しくても、いつも楽しそうなんですね。」
「・・・。そろそろ帰るぞ、明日はどうするんだ?」
「もちろんお供します。ランチなら駅の改札口に10時位でいいですか?」
「ああ、早く着いちまったら近くでカフェにでも寄って珈琲飲んで時間つぶせばいいからな。」
「それじゃあ、お先に失礼します。珈琲ごちそうさま。カップ、シンクでいいですね。」
「おお、お疲れさん。俺もカップ片付けてすぐ帰る。明日遅れるなよ。」
「わかってますって、マスター。じゃあ、おやすみなさい。」