2009年12月10日

◇カード占い

暖かな日差しはあるのだが、空気は凍てついている。
北風が乾いた落ち葉を店の前に吹き寄せてくる。

高校生の常連の妹が中学の制服を着たままカウンターの隅に座って、おいてあったトランプを手に一心に繰り返している。
その真剣な表情に興味を持ったマスターがカウンター越しに声を掛ける。

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「おい、制服のままで大丈夫か?」
「大丈夫、先生が来たって言い訳は考えてあるわ。おにいが来れば問題なし!!」
「ずっと何をやっているんだ?」
「カードで恋占い、マスターも占ってあげようか?」
「中学生にそんなことをしてもらわんでもいいが・・・。さっきから繰り返し何度もやっているように見えたが、どうしたんだ?」
「えっと〜・・・、今日の帰りがけに、男の子に付き合って欲しいってコクられちゃったんですけど・・・。彼はほんとに私のことが好きなのかな?付き合うことに興味があっただけじゃないかな?なんて思い始めちゃって、これをやってみてるんですけど、いい結果には一度もなんないんです。」
「それで何回も繰り返していたんだな。ということはだ、結局お前は彼に告白されたことを喜んでいるんだろ?だったら相手の本気度なんてどうだっていいんじゃないか?」
「そうなんだけど・・・嬉しかったんだけど・・・。ここでいい結果が出れば一歩踏み出せるかなって・・・。」
「そんなもんなのか?でも、占いの結果なんかに振り回されていたんじゃいつまでも男を見る眼なんか成長しないぞ。今は自分はどうしたいのかをはっきりさせることの方が先だな。曖昧に相手を放置するのは勇気を振り絞って伝えてきた彼に対して失礼だろ?」
「そうね・・・。私の気持ちをちゃんと返さないといけないのね。ありがとうございます、マスター・・・。」
「恋占いの方法なんかより、先に進みたくない相手をかわすテクニックの方が役に立つからな。よーく常連のお姉さま方にその辺のことを聞いておくんだな。」
「マスターってば・・・。あれっ?このトランプ枚数が足らない?」
「ああ、お客の忘れ物だからな。舞い上がっちまっててそんなことにも気付いてなかったんだな。」
「なあんだ、どおりで出てこないはずよね、ハートのエース。祈るように何回もやっていたなんて馬鹿みたい。」
「カード占いなんてそんなもんだ。カードなんかに人の気持ちを左右されてたまるか。ほら、雪苺ラテだ。これでも飲んでじっくり返事でも考えるんだな。」
「ありがとう。温かくて甘酸っぱいいい香りね。」
「クリスマス・シーズンになれば苺が手に入るからな。こんな味を出せるのもこの時期だけだ。それはそうと相手の男はどんな奴だ?兄ちゃんの連れの2枚目に惹かれてここについてくるようになったお前のことだ、喜んでるところを見るとやっぱりカッコいいんだろ?」
「ううん、顔は普通。背もそんなに高くないし・・・、でも一緒に班活動していると楽しいの。」
「ふうん、そんなもんか。俺はてっきり・・・。まあしばらくは兄ちゃんには内緒にしておいてやるから、付き合うことになったら一緒においで。お祝いに美味しいものを出してやるよ。」

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2009年10月27日

◇禁足

空が青く透き通り、都会の空でも随分と高く感じられる。
風に乗って香ってくるのは金木犀が放つ芳香だろう。

カウンターの中で忙しそうにいつものウエートレスが洗い物を片付けている。マスターの姿はなく店の奥では若いウエイターがテーブルセットを直しているようだ。
お昼休みには不似合いな時間に感じた常連の一人がウエートレスに問いかける。
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「あれっ?マスターは?」
「あら、いらっしゃい。いつものでいいの?」
「うん、いいけど・・・。マスターお休みなの?」
「ええ、息子さんが新型じゃないほうのインフルエンザなんだって。自分のせいでお客さんに感染する可能性があるから息子さんが全快するまで1週間ほど店には出ないって。自宅に篭っているわ。」
「なんだ、大変っちゃあ大変だけど深刻じゃなくって良かったんだね。」
「そうね、マスターと妹ちゃんは元気なのに出歩けないんで暇を持て余してるみたい。あと2〜3日すればオーナーが送ってきた豆の焙煎が出来上がるから多少暇つぶしの材料にはなるでしょうけど。」
「いい加減マスターも仕事熱心だね。」
「本当にそうなのよ。この間なんか小学生の娘さん相手に抽出訓練してたわよ。高校生になったら私の代わりにお店の看板娘にするんだって。」
「あちゃぁ、あのマスターの娘さんって・・・。ちょっと背筋に悪寒が走ったんだけど。びっくり箱がお化け屋敷になっちゃわないかな?」
「びっくり箱って何よ。それに、知らなかったの?マスターのお子さんたちって可愛いんだから。特にお嬢さんは将来有望よ。」
「どんな遺伝子なんだろ?ちょっと想像できないよ。このご時世で5年も先の不確定な事項じゃあ期待はできないな。それにそのころまでこの店が続いているとは・・・。」
「こらっ!それは仮にも常連が口にする台詞ではないでしょ!『よ〜し、それまで僕たちがこの店を支えてやろう』くらい言ってごらんなさいよ。ほんとに薄情な常連なんだから。わかったわ、今後あなたの『いつもの』は知らない振りしましょう。坊やにもよ〜く言い含めておくからね。」
「そんな・・・。友達連れてきたときの多少の優越感ぐらい味わわせてくれたっていいじゃないかぁ。」
「このお店を愛してくれてないお客さんになんて常連顔して欲しくないの。さあお客様?何をお召し上がりになられますか?今日のお薦めは厚手に切ったレモンをカップいっぱいに浮かべた『カフェ・リモーネ』になっております。最近仕入れるようになったメイヤーレモンを使用して酸味を抑えてみました。いかがですか?」
「うわっ、その商品説明の仕方、お姐さんじゃないみたい。」
「私だってこれ位できるし一見のお客さんにはするようにしてるのよ。席に着く前から『いつもの』って叫ぶようなお客さんには聞かせてあげることが出来なかっただけよ。」
「お姐さんが台詞を噛んでパニくる様子を観察するのも面白いかな。」
「そんなものを楽しみに待たれるのはちょっとイヤかも…。いいわ、マスターには内緒にしておきましょう。」
「ちぇっ、残念…なんてね。そうだ、なんとなく美味しそうに思えたので『カフェ・リモーネ』に変更してくださいな。」
「今後『いつもの』って言われたら『カフェ・リモーネ』を出せばいいのね?」
「それは絶対止めて。あれ、ビジュアル的にも味もインパクトありすぎるから毎日飲めるものじゃないよぉ!」

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2009年08月24日

◇遠く離れて

夏らしい気候が続いていたところに台風接近の情報が・・・。

窓辺の席で時折雨が滝のように落ちてくる空を見上げ、恨めしそうにしているお客の顔がある。足止めされてこの後の約束にでも間に合わなくなっているのだろうか。

雨の中いかにも嬉しげに女性がやってきた。遠距離恋愛中の例の彼女だった。なにかいい事があったのだろうか・・・。
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「マスター、お久し振りですっ!!」
「おおっ?本当に久し振りだな。その様子なら仕事の方は順調のようだな。一人で来るって事はまだあいつは帰って来ちゃいないようだな。」
「ええ、電話ばっかりで顔忘れちゃいそう。」
「最近の携帯はテレビ電話の機能もあるだろうが・・・。来た早々からお惚気かよ。」
「えっへへへ・・・。全然逢ってないのは本当だよ。彼は忙しくって帰ってくる暇も作れないし、私は私で任された仕事が面白くって、あっちまで行けないの。」
「ふ〜ん、それでも大丈夫って事は本物なんだな。安心したよ。お前だったら仕事のできる上司や優しい先輩に囲まれていると誘いも多いだろうからな。ついフラフラっと寂しい心の隙に入り込まれたりするからな。」
「そんなのしょっちゅうですよ。なんだかんだで毎週末飲みに誘われてます。どうしたって女性はそんなに多くないですからね。」
「そんなんじゃなくって、個人的に声かけられないかって事さ。」
「それもありますよ。大概は丁重にお断りするんですけど、断りきれないときは同僚の女性に同行してもらうようにしてるんです。」
「なかなか隙は無いようだな。感心感心。」
「でもね、先日の飲み会にすっごい格好いい男性がいたんですよ!別の部署で、普段の打ち上げなんかでは他のクライアントの関係でいつも出られなかったみたいなんですけど、初めて一緒になったんです。」
「おいおい、穏やかじゃないな。奴よりいい男か?」
「そりゃあ当然!それでなきゃわざわざ『いい男』なんて言いませんよ。」
「てぇことは、相手がその気になったら遠くに居る奴には勝ち目なしってことかな。可哀想に・・・。」
「何言ってんですか、もう。いくら『いい男』だって仕事が出来たって『彼』は別格なんです。それに・・・。」
「それに何だ?妻帯者だってか?そんなことはあまり関係ないと思うがな・・・。」
「いいえ、そんなんじゃなくって・・・。駄目なんです、ああいう人、生理的に。」
「格好いいんじゃなかったのか?」
「ええ、見た目には。でも、なんだか見ていて無理って思っちゃうタイプなんです。特に食事の食べ方が駄目。一緒に食事なんか出来ないって思っちゃった。」
「良かったよかった、波風立たなくて。奴から連絡があったらどうごまかすか困るところだったぞ。まあ、ちょっとぐらい脅かしてやってもいいかもしれんがな。」
「私は彼のことしか眼中にありませんよ〜。仕事が忙しいのはいいことじゃないですか。認められて任されて、成長して帰ってくるんですよ。私だってそれに見合うようにならなきゃって思える。そうだ、思い出した。来年度はひょっとしたら帰れるかもって言ってたんだった。マスターにも伝えておいてくれって頼まれてたんだった、御免なさい。」
「いや・・・謝られても・・・。来年度って次の4月か?まだまだ先の話だな。それに未確定情報だろ?はっきりしたら教えてくれ。帰ったらまたご馳走してやるから。」
「はい、約束ですよ!多分飢えて帰ってきますからね。特別な豆を選んであげてくださいね。」

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2009年08月05日

◇暗闇の接近遭遇

学校が夏休みに入り若い常連の姿を見かけることが少なくなった。

太平洋高気圧が力不足なのか、梅雨が明けきらず暑くなったり涼しかったりを繰り返している。
ただ、アブラゼミの耳に障る泣き声だけは輪唱のように始まった。

暑い日が続いた昨夜、納涼と銘をうった飲み会が従業員の間で行われたらしい。
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「マスター、おはようございます!!」
「ああ、夕べは遅くなっちまったのに早くから大変だったな。暑かったろう?」
「これぐらいは全然平気ですよ。あれっ、坊やは?・・・出前ですか?」
「毎度の定期便だ。今日は少々量が多かったんで時間がかかっているんだろうな。」
「そうそう、そういえば夕べの帰り、大変だったんですよぉ。」
「お前なんかにちょっかい掛ける奇特な痴漢なんかがいたか?」
「うんうん、もっと若くって可愛らしいお嬢さんを狙えばいいい・・・って、違〜〜う!!」
「トウがたった美しさの少ないお姐さん、いったい何があったのかな?」
「そんな上げ足のとり方って・・・。本当にびっくりして、自転車でこけそうになったんだから。」
「おっ、早々に軌道修正してきたな。これ以上この話題は傷つく一方と気付いたのか。しかし、自転車だって飲酒運転には変わらないんだぞ。お巡りさんに止められたら高額な罰金が待っているから気をつけるんだな。」
「その件は脇に置いといてください。駅西の飲み屋街の裏道があるでしょう?」
「ああ、夕べの店の2本だか先にある通りだな。あんな薄暗いところを普段から通るのか?」
「近道だし、人通りが少ないんで自転車には都合が良いんです。」
「そんなところを通るから痴漢なんぞに間違って襲われるんだ。」
「だから違います!!そこに話を戻さないでください。放置自転車とゴミ箱くらいしかないと思っていたら、突然暗がりで黒い影が動いて何かうめいていたんです。」
「やっぱりそんな話じゃねえか。」
「黙って聞いてください。私はびっくりして自転車を停めてライトを向けてみたんです。そうしたら光の中に血がこびりついた顔が浮かび上がったんです。」
「ちょっと常連の連中には聞かせられん類の話になってきたようだな・・・。」
「ううん、ちょっと違うと思う。こっちを向いたところを良く見たら、見慣れた顔だったんです。」
「おいおい、穏やかじゃないな。誰だったんだ?」
「ほら、歳がいったお湯割りアメリカンのSさん。頭から血が流れてすっごく怖い顔に見えたの。」
「あんまり暗がりで合わせたくない顔ではあるが・・・。どうしたんだ?ガキどもに狩られたのか?金持ってそうには見えんが・・・。」
「見知った顔だし、そのまま放っておくわけにもいかなかったから助け起こして事情を聞いたら、パチンコ帰りに一杯引っ掛けて自転車でごみ置き場に突っ込んだんですって。しばらく気を失っていたみたいで、光が当たったのが判ったらしく、誰でも良いから助けを求めたんですって。」
「いい歳して酔っ払って自転車なんかに乗るなってんだ。」
「その後ご自宅の電話を聞いて迎えを呼んであげたり、頭を打っているようだから救急車を呼んだりして一騒ぎだったんです。」
「面倒見のいいやつだなぁ。Sさんは大丈夫だったのか?」
「さあ・・・、娘さんが救急車より先に来てくれたので、後はお願いして帰っちゃいました。」
「まあ、そんなもんか。また元気に来てくれると良いな。」
「そうですね。骨折とかはなかったと思うんで、すぐまたパチンコしに出てくるんじゃないかな。」

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2009年07月25日

◇マスターの休暇明け

梅雨明け宣言がされたはずなのに、すっきりした青空には恵まれない日が続いている。戻り梅雨と言うのだろうか。
それでも花壇にはヨメナやネジバナが咲き、蝉の声も聞こえてくるようになった。

カウンターでは腕だけがしっかりと日焼けしたマスターが珈琲を淹れている。
やってきた常連の学生がカウンター席に座りマスターの休暇の様子を聞こうと話しかけてきた。

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「あれ〜、マスター焼けましたね。」
「ああ、この腕か?丁度磐梯山に登る1日だけいい天気だったからな。」
「ボーイスカウトのキャンプに行ってきたんでしたっけ。」
「ああ、息子たちの父兄として手伝ってきたんだ。発団何周年かの記念のキャンプだからっていつもの隊長に誘われたんだ。」
「マスターがお店を空けるなんて珍しいですね。」
「あいつらがいるから何とかなるさ。無理な営業はしなくて良いと言っておいたからな。」
「通常通り営業してましたよ。さすがにランチは数量限定していたようですが。」
「なんだ、お前も通ってたのか?ここの常連連中ってのはみんな暇だなぁ。」
「だって・・・。それよりどうでした、あっちは?」
「雨と風ばっかりだったよ。息子たちの隊長も予定していたプログラムの大半を雨プロにしなきゃならなくて弱っていたよ。」
「雨や風がひどかったらテント泊は大変だったんじゃないですか?」
「上のクラスの連中はな。息子たちのクラスはまだ舎営といって宿に泊まるんだ。悪天候では野外活動には制限が出るが宿泊・食事は安心していられる。と言ったって上のクラスで問題が起きれば隊長たちは手伝いには行くがな。」
「雨じゃあキャンプファイヤーもできないでしょう。ちょっと寂しいなぁ。」
「火は使わないが宿の広間でらしきことはやったぞ。暗くなるだけで子供たちはテンションが上がるからリーダーさえしっかりしていれば何とかなっちまうもんだな。」
「でも、炎の効果は期待できないですよね。」
「まあな、普通のお楽しみ会になっちまった。翌日登山ができてよかったよ。訓練キャンプの雰囲気が戻ったからな。しかし、上のボーイ隊はパラグライダーなんてやってやがって、羨ましいったらなかったな。まあ、連日の雨でずっと雨対策の訓練をし続けていたようなものだったから丁度良かったのかもしれん。」
「へえ〜っ、そんなこともするんですか?僕もやってみたいなぁ。」
「沢登りトレッキングを予定していたらしいんだが、危険だと言うことで天候も良くなったから変更したらしい。俺もやってみたかった、1800m超える山を登るのは結構きつかったんだ。でも、一番きつかったのは・・・。」
「まだあるんですか?」
「ああ、きつかったのは満足に珈琲が一度も飲めなかったことだ。キャンプサイトじゃタープが飛ばされたり本部テントが浸水したりで、パーコレータで珈琲を一杯なんて雰囲気じゃなかったからな。缶コーヒーしか飲めなかったんだ。」
「そこですか、それはマスターらしいご意見ですね。」
「やっぱりキャンプ中に差し入れして、火の周りで珈琲を飲んでくるのが一番良いな。隊長はじめリーダーの人たちには頭が下がるよ。」
「その方がマスターには似合ってますよ。マスターが子供を集めて歌を歌っている姿なんて想像できないもん。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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