2009年03月15日

◇白い日の晩餐

季節外れの台風のような暴風雨から一夜明けた日曜日。
世間では昨日はホワイトデー。本命の女性に先月のお返しをする男は雨の中にもかかわらずあちらこちらへ出かけていたようだ。

この店でもそんな男性に誘われて美味しい料理を楽しんできた女性が、お客が少ないのをいいことに浮かれて惚気ているようだ。
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「えへへへ・・・、うふっ!」
「なんだ?変な声を出して。その様子じゃ今年はチョコレートのお返しは十分だったようだな?」
「ホワイトデーに二人ですごしたのなんて久しぶり。やっぱりいいわね〜。」
「せっかく気を利かせて早番だけで上がらせてやったんだ。それぐらい楽しんでくれてなきゃここで仕事してしてもらっていた方が良かったんだからな。」
「こんなに楽しかったのは何年ぶりかしら。マスター、ありがとうございます。最高のプレゼントでした。」
「ふん、せっかくお前のために店を予約していたようだったからな。お前を夜まで拘束したらあいつに恨まれちまう。いい店だったのか?」
「はい、ワインは美味しいし、お料理も最高でした。でも・・・。」
「なんだ?不満があるのか?デザートだってホワイトデー仕様の凝ったケーキだったはずなんだがな。」
「えっと〜、ここを突っ込んじゃいけないって判ってるんですけど・・・。珈琲が美味しくなかったんです・・・。せっかくその前までは完璧だったのに作り置いて時間が経った珈琲じゃ興ざめです。」
「ぶははは!職業病だな。あれほどの店だって確かに珈琲だけの専門家は置いてないだろうからな。珈琲までは気が廻っておらんのだろう。」
「ううっ、なんだか純粋にデートを楽しめない体になってしまったんですね。どこに連れて行ってもらっても、内装だったり什器だったりといつも気になるものが出てきちゃうんですよ。映画の前にちょっとお茶でも、なんて簡単に入れないんです〜。」
以前ロシアンティーを飲むためにお前を誘ったときに、お前は俺のそんなところを笑ってたんだぞ。そんな奴がおんなじことを言ってやがる。こんな短期間でそこまで変われるんだなぁ。まあそれは店のことを真剣に考えてくれている証拠だ。俺としては嬉しい限りだがな。それより気付いてなかったのか?あいつはお前を同じ店に2度連れて行ってないはずだ、お前がどんなにいい点を上げていてもな。」
「そうでしたっけ・・・って何でマスターはそんなことまで知っているんですか?彼ってばそんなことまで報告しているんですか?」
「いいやそれは違う。最初にあいつがどんな店に行ったら喜んでくれるかって聞くから、いろいろな店を見せてやれ、今のあいつならそれが一番楽しいはずだと教えてやったんだ。」
「まったく・・・、男同士何企んでるかわかったものじゃないですね。」
「企むなんて人聞きの悪い言い方はないだろう。お前に喜んでもらいたい一心で相談してきたんだ。俺としてはお前の成長の糧になればと思ってもいたがな。」
「あ〜あ、怒るわけにもいかないって事ですか・・・。解りました、単純に楽しんでいいんですね。そのうえで得るものは得て来いとおっしゃりたい訳ですね。ああ〜もう面倒くさい!」
「そう言いながら、口元が緩んでるぞ。デートの口実ができたと喜んでやがるな?」
「えへへ、解っちゃいました?それならなるべく遅番はあの子にお願いしま〜す!」


 

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2009年03月11日

◇愛する形

冷たい雨が幕のように窓の外を覆っている。
先週までの暖かさからうって変わったように気温が下がっている。
大きな蕾をつけ開く寸前だった椿の花は、また硬く縮こまってしまったようだ。

ラストオーダーの時間も過ぎた遅い時間に、ひどく降る雨の中、傘もささずにそこらじゅうの店を覗いては落胆を繰り返す女性が、商店街のはずれに当たるこの店にも顔を出した。
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「マスター、うちのひと来てない?」
「どうしたんだ?ずぶ濡れじゃねえか。傘ぐらいあるだろうに。」
「ねえ、今日来た?」
「来てねえよ、って言うかしばらくご無沙汰だな。いったい・・・?」
「ここにも来ていないんじゃ、もう探すとこないよ・・・。」
「また外泊なのか・・・。相変わらず苦労させられてるな。ほら、タオルだ。とにかく濡れた髪ぐらい拭いて少し落ち着けよ。」
「駄目ね、そういう人だってわかってるのに、ちょっと家を空けただけですぐこんなになっちゃう。」
「だから周りの連中がやめとけって言ってたじゃないか。あいつの浮気性は昔っからだからな。」
「だって、好きになっちゃったんだもん。結局しれっと朝帰りしてきたって、お茶を入れてあげて普通に会話を始めちゃうのよね。半分は怒ったって仕方ないと諦めてるのに、別の女のところだって分かってはいるのに、もしかしたら事故とか事件なんて考えて顔を見るまで大騒ぎしちゃう。」
「解ってるんならそろそろ諦めたらどうなんだ?お前が傷つくだけだろう?」
「解ってはいるんだけど・・・。あの人しかいないの。あの人に尽くして、あの人のために苦労するのは嬉しいの。でも、そうしている自分を頑張ってるなって見守っている自分にも気付いている。これは自己満足なのよね、それもわかってる。この気持ちのよさにまだ酔っていられるの。」
「酔いはいつかは醒めるぞ。その時泣いても遅いと思うけどな。」
「酔っ払いはお嫌い?マスターって飲まないんでしたっけ?酩酊している間は先のことなんか考えないものよ。今しかないの。幸せに感じてるのよ。だからいいの。」
「判ったからちょっと静かにしてくれ、他の客に迷惑になる。飲んでなくて酔えるってのは便利な奴だな、まったく。」
「んじゃかえるね。ちょっと落ち着いたらあの人の帰りを待てるような気になってきた。」
「人騒がせな奴だなぁ。珈琲はいいのか?」
「うん、眠れないと夜が長くてまた落ち込みそうだから。また今度一緒に来るね。マスターありがとう。お邪魔様。」
「ああ、またな。普通の時間に来るんだぞ。」

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2009年03月01日

◇Uターン就職

冷たい雨が街を覆い、何もかもが暗く沈んで見える夕暮れ。
霧のような雨粒が風に巻かれながら体に巻きついてくる。

女性用の旅行鞄を抱えた常連が連れの女性をかばうように歩き、店にたどり着いた。
荷物を受け取った女性はタオルを鞄から取り出し男に手渡す。
注文した品が届き、二人は落ち着いて話し始める。

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「あっちもこんな天気なんだろうか?実家に着くのは遅くなるんだよな。」
「ええ、でも電車の時間にはまだまだあるわね。もう少しだけここでゆっくりしていけるはずよね。」
「ああ、まだ大丈夫だよ。でもな、また戻ってくるんだろ?アパートもまだそのままじゃないか。」
「ううん、プロにお願いしちゃうと思う。戻ったらすぐ研修が始まるし、今度こっちにきたら帰れなくなっちゃいそう。」
「そうなんだ・・・、4月から始まるものと思っていたよ。まだ一月あるからって余裕かましてたから君に渡そうと思ってたものもまだ手に入れてなかった・・・。」
「ううん、そんなのはいいの。私が本当に欲しかったものは手に入らなかったから。」
「欲しかったもの?何だい、言ってくれれば一緒に探したのに。」
「やっぱりわかってない。それだから私は・・・。うん、もういいの。何とか卒業した小学校にもぐりこめたんだもん、そっちを頑張んなきゃ。」
「おい、涙なんて・・・。そんなに欲しかったのか?何だったんだ、気になるじゃん。」
「大丈夫、もう決めたことだから。ただちょっとこのお店やこの街とさよならするのが寂しいだけ。もう、簡単には来られなくなっちゃうから。」
「おいおい、そんなに深刻な話じゃないだろう。お前の田舎からここまでは3時間足らずじゃないか。週末に遊びに来るくらいわけないだろ。」
「・・・多分もう来られない。ん、そろそろタイムオーバーよね。」
「ああ、もうそんなに時間が過ぎたのか。本当に行っちまうんだな。」
「ええ、田舎で先生をするわ。もう未練は残さないって決めたの。」
「そうか、寂しくなるな。荷物貸せ、駅まで持ってやるから。」
「ありがとう、でもいいの。ここで見送ってくれればいい。最後にあなたにかっこ悪い姿見せそうだから。」
「・・・っておい、最後って・・・。」
「あっ、雪に変わってる。もう春なのに・・・。最後だから綺麗な思い出を残してくれようとしてるのかしら、この街も。じゃあね、元気でね。」
「あ、ああ、お前もな。俺はここにいる。ここにいることにするよ。」



「お前の欲しかったものって・・・俺の言葉か・・・。言わなくてもお互い解ってるって思ってたのにな・・・。遅いよな、気付くのが・・・。マスター、ラタサ・ローマを倍量でしっかり苦く淹れて下さい。」

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2009年02月22日

◇早春のイベント・・・その後

急に寒さが戻ってきた。
先週の暖かさを思うと真冬に戻ってしまったような冷え込みが続いている。膨らみ始めたつぼみも固く縮こまっているようだ。

バレンタインデーから1週間が経ち、店の中にはカップルの客の姿が目立つ。
更衣室から出てきたマスターがウエイターに声をかける。

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「おい、そろそろ一週間になるぞ。更衣室に置きっぱなしの袋をそろそろ持って帰れ。」
「マスター、済みません。持って帰れないんですよ。」
「どうしたんだ、アパートに持って帰れば良いだろう?」
「マスターには言ってなかったんですが、今はあのアパートに住んでないんです。」
「そうだとしても持って帰ったって問題ないだろう?」
「駄目なんですよ。家主の方に悪いんであまり見せたくないんです。」
「お前、いったいどこに住んでいるんだ?」
「いろいろと、転々と・・・。」
「ああん?」
「二ヶ月ぐらいの周期であちこちに居候してるんです。」
「そんなに都合よく友達のところを廻れるのか?」
「そうじゃないですよ、野郎の一人暮らしに転がり込んだってむさくるしいだけじゃないですか、女性ですよ。仕事あがりで飲んでて意気投合してそのまま・・・。」
「そんなことを繰り返してるのか?いい加減きちんとしろよってもまだ20代前半じゃあな、うるさいと思うだけだろうがな。」
「いいえ、マスターのおっしゃりたい事はわかってるつもりです。ただ、僕は暗い部屋に一人で帰るのが嫌いで、女の子の部屋に一緒に腕組んで帰ったりすると喜んでもらえるのが嬉しくて、ついつい続けてしまっているんです。」
「それじゃあ何で転々とすることになるんだ?」
「お互いが飽きちゃうんでしょうか。普段の僕は仕事のことばかり考えてますから女の子の喜ぶようなこと言えないですし、普通の会社務めのOLさんとは休みが合わなくて一緒にどこかに行くこともないですし。僕のほうは喜んでもらおうと思ってしたことが当然のことのように反応されてカチンと来たりで・・・。」
「仕事ってお前、何をしてるんだ?」
「いえ、別に仕事をしてるってことじゃなくて・・・。マスターにもお姐さんにも敵わないんで僕なりにこの店で何が出来るのかって、マスターやオーナーは僕にどうなって欲しいのかっていつも考えてしまって・・・。どうなれば"坊や"と呼ばれなくなるのかなっていつもお店での自分の居場所を考えてしまうんです。」
「ほう、そんなに気にしてたのか。別にお前が未熟だから坊やと呼んでたわけじゃないんだ。俺やオーナーから見ればお前はまだこの世界に足を踏み入れたばかりのひよっ子だからな。出来なくて当たり前だ。あいつにしたってこの1年で急成長しただけであって、それまではどじなウエイトレスでしかなかったんだからな。何がきっかけで取替えの効かない自分になれるかはわからんぞ。」
「僕は今のままでこの店にいていいって事ですか?」
「自分を磨く努力は常に必要だ。だがここに来た頃のお前も忘れて欲しくない。俺とオーナーはお前に若い可能性を感じたんだ。この店を引き継げるほどになってくれてもいいし、オーナーが新たな展開を考えたときの主体となってくれてもいい。必要な時に仕事を任す事ができればいいんだ。あまり考えすぎるな。女の子とも長続きするようにもう少し楽しんでな。生真面目に考えすぎると続かないぞ。」
「はあ・・・お姐さんの生き生きした仕事振りを見ていて、自分もマスターの期待に答えなきゃいけないと気張りすぎてるって事なんですか・・・。」
「力を抜け。普通の会社みたいにみんなが同じ方向を見てなくっていいんだ。お前の力が伸ばせる方向を見つければいいんだからな。それはそうと、チョコレート処分できないんだったらうちの子供たちに分けてやってくれ。」
「ああ、マスターのお子さんにならいいんじゃないかな。頂いた女の子達に悪いかなって思って全部自分でホワイトデーまでに食べるつもりでした。」
「そんなところまで生真面目なんだな。」

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2009年02月12日

◇ある業界の陰謀

梅の花が開き始めた。
1月の寒さとは打って変わって暖かい日が続いている。
春も近づき、世の中は徐々に浮かれモードに移っていっているようですね。
そろそろ重いコートはおしまいにしたほうがカッコいいかな?

桜前線はまだ沖縄にあるのに界隈からは「桜が咲いた」という声がいくつか聞こえてきています。ご家族の皆さんお疲れ様でした。

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「マスター、もうすぐですね!もう準備できました?」
「ああぁ?何の話だ?」
「バレンタインですよ、いやだなぁ、もう1週間切ってるんですよ。」
「お前が準備するのはわかるが、何で俺が?」
「今年は男の方からのプレゼントもありなんですよ。私、楽しみだなぁ〜!」
「何言ってんだ、バレンタインで男がプレゼントしたら1ヵ月後のホワイトデーはどうするんだ?お前が用意することになるんだぞ?」
「えっ?何か必要なんですか?」
「男どもがバレンタインのお返しでどれだけ苦労していると思ってるんだ?貰った相手との関係や自分の意図、そして予算をあれこれと考えながら毎年それぞれお返しを考えているんだぞ。義理チョコだってわかっているにも関わらず、ひょっとして・・・なんて変に妄想を膨らませてばかりいる奴も中にはいるがな。」
「そっか〜、お返しを考えるのってのも大変ですよね。そういえばマスターってば毎年手を変え品を変えてお返し用意してますもんね。」
「先に渡す相手をランク付けして配っちまうほうが楽に決まっているさ。それにお返しをあれこれ想像して待っている期間も楽しいだろ?」
「う〜ん、そういえば随分昔にはそんなこともあったような・・・。だから去年は本当にびっくりしたんですからね。あんなにたくさんのお客さんがマスターに協力してくださるなんて思ってませんでしたから。」
「いや、それはお前がお客さん一人一人にちゃんと対応してきたからだろ。みんな喜んで用意してくれたんだぞ。最近は平気で憎まれ口をたたく商店街の奥さん連中からだってお前の悪口は聞かなくなった。小姑のようにあら捜しが好きな連中なのにな。最近はお前が浮かれてるのがわかるのか縁談話も出なくなった。」
「猫かぶるのもうまくなったのかしら。奥様たちとの距離感がわかってきたんだと思いますね。」
「男との距離感もだろ。そういやあいつとはどうなってるんだ?以前はおろおろと相談に来ていたあいつが最近とんとそんな話がでなくなったんだが。」
「へっへ〜、それは内緒だよ〜!何でもかんでも報告するような子供じゃなくなってるんですよ〜だ。まあ、今年は特定の人にチョコをあげられる幸福感を味わってますとだけ言っておきます。」
「まあいいさ、どっちも俺にとっては大事なスタッフだし仲間だからな。出来れば恋愛関係と仕事は別にしといて欲しかったがな。いまさらだが・・・。」
「マスターとこのお店に出会えて本当に良かったと思いますよ。今では仕事ってこんなに楽しいものなんだって実感できますもん。彼と何かあったって私はここを辞めないと思います。大切なものを一遍に両方なくすことなんか出来ない。でもそのときはマスターの恋人宣言しちゃおうかな。」
「そこ、誤解を生むような発言は控えるように!そうなっちまったらあいつがこの店に関わっている暇がないような新しい展開でも考えてみるさ。」
「でも、傷心の私を誰が慰めてくれるの?えっ?やっぱりマスター?」
「馬鹿言え!お前一人にこの店を任せて俺も雲隠れするさ。仕事に精出せば忘れられるだろ?」
「う、嘘・・・そんな・・・、よそうよそうバレンタイン前に悲しい未来の話なんて!私には薔薇色の未来しかないのよ!!」
「勝手にやってろ!あ、そうだ!当日はカップル限定のドリンクメニューを出してみようか?丁度今年は土曜日だろ?デート前の待ち合わせによさそうな2種類のドリンクをセットで出すってのはどうだ。よし、決めた。おい、POPの準備よろしくな!」
「え〜っ!もう1週間切ってるんですよ!ってさっきも言いましたよね。自分のの準備だけでも忙しいのに・・・。」
「後で飲ませてやるから、頼んだぞ!それじゃあ材料手に入れてくるからちょっと出てくるぞ。店頼む。」
「わかりましたよ。いっつもマスターは思いついたらやらないと気がすまないんだから。だけどPOP書くのは別料金ですからね〜だ。ちぇっ、聞こえてないなこりゃ。」

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posted by 銕三郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 珈琲症候群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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