梅雨の中休み。日差しが強く蒸し暑い。
路地裏の紫陽花は首を傾げ、元気がない。そろそろ花の時期も終わりが来そうだ。
カウンター上の冷蔵ケースの中には珍しく焼き菓子が積まれている。
カウンター席に座った若い常連がそのことに気が付いた。
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「おや?マスター、今日はいい香りがしますね。甘くってアーモンドとバターが香ばしい・・・。フィナンシェですか?」
「よくわかったな。今日のサービスはカフェ・シュバルツァーなんだ。ビターチョコでも良かったんだが、フィナンシェがたくさん用意できたからな。」
「つき物なんですか?」
「ああ、荒挽きの3倍量の粉を使って濃く淹れたイタリアンローストブレンドだから飲んだ後に口の中をさっぱりさせたくなるんだ。炭酸水と一緒に口に含んでみればわかるさ。」
「普通の水やミネラルウオーターじゃないんですね。」
「もともと飲まれている地域はドイツからオーストリアだから水より炭酸水の方が美味しかったんだろうな。そこに焼き菓子をあわせるところがおしゃれだよ。」
「マスター、結構このアレンジ珈琲好きなんですね。」
「ああ、この贅沢に豆を使った濃さが好きなんだ。フィナンシェなしでも構わないから、たまに自分で飲むために作ったりしてるんだ。よくあいつに見つかって原価率が・・・とか代金払えとかうるさく言われちまう。」
「あはは、最近お姐さんも経営者側になっているんですね。ますますマスターが楽できていいじゃないですか?」
「そうじゃないんだ、俺に対してばっかりでうるさくっていけないよ。気楽に味見すら出来ないんじゃあな。」
「マスターが味見の域を超えてるからでしょう?嬉しそうに自分の飲む分をフルサイズで作っているから怒られるんですよ。」
「お前までそんなことを言うのか。ああ、俺の味方はだ〜れもいないのか。」
「拗ねたって可愛くないですよ。それより僕にも本日のサービスをお願いします。」
「ふん、フィナンシェは品切れだからな。」
「そんなぁ、そのケースの中で山と積まれているじゃないですか。常連を蔑ろにしないでくださいよぉ。」
「俺の味方じゃない奴は常連を名乗る資格なんかないね。」
「そろそろお姐さん、帰ってきますよね。それじゃあお姐さんにお願いしますよ、もう。」
「そ、それは・・・。ほら、もう出来ちまった、フィナンシェはサービスで2つつけてやるから、な。」
「そんなことすると、また後でお姐さんにつまみ食いしたって怒られますよ。」
「うう・・・、この店は俺の店なのに・・・。」